メルとウィル
「あああ、よかった……」
その姿が見えた途端、全身が震えて、心の底から安堵した。
そのままふたりに向かって走って行きたかったのだけど、情けなくも腰が抜けてしまったのかするするとその場に座り込んでしまい、近づいてくるウィルの姿をただただ見守ることしかできなかった。
「ウィ……」
必死で立ち上がろうと試みるものの、無造作に濡れた髪をかきあげる男の所作にいろんな意味で動きを封じられる。
赤みがかったはちみつ色の髪がキラキラしていて、やっぱり太陽の下にいるウィルは無敵の輝きを放っていると再確認させられる。
「なんて顔してんだ」
「ウィル……」
ぼんやり見ていた先の男は変わらない笑みを浮かべていて、助かったんだと実感したら、また溢れんばかりの涙がどばっと飛び出してきてきた。
「忙しいやつだな」
とウィルは笑う。
ああ、変わらない。
「ふ、ふたりとも、だ、大丈夫なの……?」
「メルはびっくりするくらいピンピンしてるよ」
浜に上がり、目の前で微笑むウィルはかなり疲弊しているように見えた。
そりゃそうだ。
メルをつれてここまで泳いできたのだ。
「ウ、ウィル」
「お、おいっ!」
無我夢中でしがみついておいおい泣いていた。ウィルが動揺したように思えたけど、それを気遣う余裕がなくなっていた。
怖かった。本当に怖かったのだ。
「ごめ……本当にごめ……」
何もできなくて、と情けなくも泣くことしかできない。
「ありがと……」
「大丈夫」
かけられた言葉は優しい暖かさを含んでいて、凍りきった心を溶かしてくれるようだった。
「泳ぐことは嫌いじゃないから」
「ゔゔっ……」
言いたいことはいろいろあった。
人生で一番絶望した気がするし、今のこの気持ちをどう表したらいいかわからない。
今でも震えがとまらないのだ。
「マァマー!」
「えっ!」
泣きじゃくるわたしを前に、ウィルに抱えられたメルがひょっこり顔を出し、驚かされた。
「メ、メルッ!」
元気そうな顔に安堵した。
「無事でよか……」
今度はメルに向かって力いっぱい抱き着こうとしたわたしは、そこでようやくメルの異変に気がついた。
「メ、メル……」
(ちょっ……嘘でしょ……)
血の気が引いた。
「た、食べられてる……」
全身がぞわっとする感覚に襲われる。
先ほどよりも深刻で、あまりに絶望的な光景に頭の中が真っ白になる。
「ど、どうしよう……」
メルの小さな体に食い込むように赤い魚が食らいついていた。
「あ、足が……メルの足が……」
またもパニック状態に陥る。
「違うよ」
そんなわたしの目を覚まさせるようにウィルはきっぱり言った。
「人魚だ」