人生で一番絶望した日
「緑の多い所のようね」
少しずつ近づいてくる『ユーシスア国』を眺めながら胸のあたりがふわふわそわそわする感情と葛藤していた。
視線の先には次の目的地が映る。
「見るからに船が一隻もなさそうだし、閉鎖的な国じゃないといいけどな」
それなら困る、などと言いつつも、
「文献にはない発見ができたりして!」
と、気持ちを切り替えている。前向きというか、こういうところがすごい。
「ねぇね、ママァ! おしゃかなしゃんがいっぱーい!」
「そうね。海だからね。って、め、メル!」
メルは手すりに飛び乗って、もっと海の底を見ようとしていた。
「メッ、メル! 危な……」
声を発した時は既に遅く、パシャという小さな音とともにメルは海の中に消えた。
その様子がスローモーションで見えたものの、わたしの伸ばした手はメルに届くことはなかった。
「メルッ!」
一瞬の出来事だった。
「ど、どうし……」
(メ、メルがお、落ちた!)
無我夢中で手すりのもとに駆け寄る。
「ローズ」
「ウ、ウィル、メルが……」
「落ち着け」
ウィルがわたしの手首をぐっとにぎる。
「先に岸で待ってて」
視線が合うなり頷いたウィルはそう残してそのまま手すりを越えて海に飛び込んだ。
「ウィルッ!」
水しぶきとともに、ウィルも吸い込まれるように海の中に消えた。
見つめた先に大きな渦が巻く。
「あ……あああ……」
息がうまくできない。
頭の中はもうパニック状態で、ただただふたりの名前をただ連呼し続けていた。
(どうしよ、どうしよ、どうしよう!)
もう泣いてしまいそうだった。
(わたしが注意して見ていなかったから……)
悔やんでももう遅い。
わたしの意志とは関係なく、船はふたりが落ちた位置から遠ざかり、少しずつ少しずつ目的地へ向かって進んでいく。
「う、ウィル……メル……」
イナグロウ国へ行ったときと同じようにガタンという大きな音がして、岸に到着したことがわかった。
その瞬間に無我夢中で船から飛び出した。
「あ、あそこまではどうやって戻るのよ!」
ウィルたちが落ちたところは浜辺から少し離れた位置だった。目で見えている距離で合っているのかどうかも定かではない。
近いようで遠かったらどうしよう。
今はそんな場合じゃないんだけど、泳ぐことが苦手だからと克服しようとしてこなかった自分自身を恨めしく思った。
泳げないからこそ、とっさに飛び込むことに躊躇が生まれた。
ウィルのように動くことができなかった。
パニックでいっぱいになりつつ、再び船内へ戻り、世界地図の前に立つ。
(途中まで動かせないかしら……)
ウィルがいないと動かせないことを思い出し、また自分の無力さを思い知らされ、絶望的な気持ちでいっぱいになる。
再びデッキに上がったときは息まで上がっていて、ぜえぜえ言いながら海の先に目を凝らす。
「うぅっ……」
泣いていても仕方がないのに涙が出てくる。
「だれか……」
助けて。
声にならない。
誰か。
誰でもいいから、助けて……
(お願い……)
すがる思いだった。
泣いているだけで何もできないわたし。
情けなくて嫌になる。
(なにか……)
そうだ。なにかできるはずだ。
涙に濡れた頬を思いっきり拭い、顔を上げる。
(考えろ……考えろ……)
「……えっ!」
視界の先で、何かがキラッと光ったのがわかった。それはどんどん近づいてくる。
息を呑んだのと同時に、わたしはまた勢いよく階下へ向かう。
「ウ、ウィル!!」
外へ出たとき、前方から海面から上半身を出し、水をかき分けるようにしてメルを抱えて歩いてくるウィルの姿が見えた。