メロディとパパとママ
「パパ……ママ……」
ぎょっとした。
気付いたら、全身を月明かりに包み込まれた女の子の鋭い双方の赤い瞳がわたしたちを捕らえていた。
やはり妙に夜の闇に映えるその瞳の色合いのせいか、気を抜いたら引き込まれそうでかなり怖い。
「パパ? ママ?」
繰り返しこっちに目を向け、そう呟く。
しかも鋭い目つきのまま。
(どうして睨むの?)
思わず振り返る。
(どこを見ているの?)
「あ、あの、パパとママはどこにいるの?」
(ま、まさか、幽霊とかだったりしないよね?)
女の子は無表情のまま静かに小さい指でこちらの方を指差す。
「え?」
思わず叫びたくなる衝動を必死に抑える。
わたしは怖いお話が非常に非常に苦手だ。
助けを求めて横目で見たウィルは驚くほど平然としている。
「ちあうの?」
消えるような声。
「みんなみたいに、メリュをむかえにきてくえたんじゃないの?」
ママ!と彼女はわたしに向かって叫んだ。
(え? ママって……わ、わたし?)
声にしてしまいそうだったけど、赤い瞳からポロポロと大粒の涙を零すその子を見ていたら、何も言えなかった。
「メリュはまた、ひとい……ぼっちな……の?」
小さな指で黄色いワンピースの裾を握り締めて『メリュ』という小さな子は体を震わせていた。
今まで我慢していた感情の糸が切れてしまったように。
声をあげて泣くその姿に、胸が痛んだ。
「メリュ、が名前?」
遮るように問いかけたのはウィルだった。
静寂の中で、彼女の鳴き声がこだまする。
小さな手は、一生懸命こぼれ落ちる涙をぬぐっていた。
「メ、メォディ」
「メォディ?」
「ちあう、メォディ……」
「……? ああ、メロディか」
ウィルの口調があまりにもぶっきらぼうだったからか、『メロディ』は少しビクッとしたけど、小さく頷いた。
「歳は?」
ウィルの質問に怯えながらも『メロディ』は三本の指を出す。
「三歳?」
そうか、と呟き、読み取れない表情のウィルはふぅっと息を吐き、そのまま『メロディ』に近づいた。
ただ呆然と立ち尽くすだけで、何も言えないわたしはじっとその光景を見守る。
本当に情けないったらありゃしない。
きっと、どの親も自分の子どもを迎えに来てくれたのに、あの子にはその親が来なかったのだろう。
一歩一歩と近づくウィルを恐れてか、ひっという声をあげ、『メロディ』はまた体を震わせた。
「メル、一緒に来るか?」
「え?」
驚いた。
かなりぶっきらぼうだったとはいえ、ウィルがそんなことを言うとは思っていなかったから。
「パ……パパ……?」
涙いっぱいの赤い瞳を見開いて『メロディ』はウィルを見つめた。
「え?」
一瞬、ウィルの背中が固まったように見えた。
それでもすぐに『メロディ』は満面の笑みを浮かべてウィルに飛びついた。
月明かりを背景になんだか感動の名シーンを見ているような気がした。
それくらい美しい光景だった。
「出るぞ、ローズ」
ぼんやりその様子を見入っていた私にウィルは言う。
『メロディ』を抱いたまま、晴れ晴れとした顔で。
一体どうなってしまうのか、わたしにはわからない。
目の前の光景に実感がわかなくて、まるで夢を見ているようだ。
だけどわたしは、胸の奥にまた熱い何かを感じ、大きく頷いたのだった。
ウィルに習って、今度はわたしが次の行先であるボタンを押した。
次に最も近い場所なのだという『ユーシスア国』を目指す。
ここの存在は謎めいていて、訪問方法も最近明かされたばかりはのだとウィルは嬉しそうで、どうしてそんなことを知っているのかとつっこみたくなってやめておいた。
人間、生きていれば知らなくていいこともある。
今いる『イナグロウ国』の隣の国(と言ってもかなり離れているけど)『ユーシスア国』へ向かうために。
夜の闇がさらに深さを増した頃、ゆったり動き始めた船のデッキの上で、穏やかな時間を過ごしていたわたしたち三人は気を失ったように眠りに落ちた。