その瞳にうつるもの
「ちょっと待て」
「え?」
近寄ろうとすると、入口付近にいたらしいウィルに制止される。
「近づかない方がいい」
「ど、どうして?」
「ここに来てから雰囲気が変わった」
ウィルの表情が深刻さを物語っていた。
「月をすごい目つきで睨んでる。とてもあんな小さい子がする目つきじゃない」
ハラハラしてしまうわたしとは反対に、様子を見ようと慌てることもなく、そのまま階下に姿を消したウィルに絶句する。
再び静寂が訪れ、月明かりに照らされた小さな背中をそっと眺める。不気味というよりも、それは少し寂しそうに見えた。
「安心しろ、やつらの追っかけてきた様子もない」
あったとしてもここから返り討ちにしてやる、と不敵の笑みを浮かべ、再び現れたウィルは片手にボトルとグラスを抱えていた。
朱色の飲み物をなみなみと注いだグラスをこちらに差し出し、ドカッとその場に座り込む。
「長期戦になりそうだな」
ぶっきらぼうに呟いたウィルだったけど、少しだけほっとした。
先ほどの凍りつくような鋭い視線で殺気を露わにした雰囲気でもなく、わたしの知る穏やかな姿だったから。
「変な街だな」
未だに勢いを落とすことなくドンドンガシャガシャピーヒャララとけたたましい音を出して騒ぎ立てている街中を指差したウィルが眉をひそめる。
「昼間とは別の世界みたいだね」
正直に言って、怖い。
「子どもたちも、あんなに……」
とてつもなく怖い。何もかも。
油断してぶるっと身震いしてしまったら最後。震えがとまらなくなりそうだ。
「大丈夫」
なにが大丈夫なのだろうか。
女の子を見つめるウィルの表情は月明かりが逆光になっていて表情がよくわからない。
「あ、そうだ。寝具は入口に置いてあるから」
「あ、ありがとう」
落として悪かったな、とそれどころではないはずなのに、明るく接してくれる心遣いが居たたまれない。
「あそこのおばさん、昼間に俺が買った時とは雰囲気が全く違ってさ、別人だと思えるくらいノリノリだったぜ! おまけもくれたし」
「布団叩き?」
だけど子供のような表情で嬉しそうに笑う彼を見て、小さく口元が緩んだ。
同じように腰を下ろしてウィルを見た。
「ウィル、強いんだね。大男をあんなに軽々と吹っ飛ばせるなんて……」
「まぁ、武器を持った時だけな」
そしてウィルは少し寂しげに月を眺めた。
何も言えなくなった。
ウィルが今までどんな人生を歩んできたのかわからない。孤児だって言っていたし、父親はいなかったものの、母親に甘えて温々と育ってきたわたしとは訳が違うはずだ。
薄々思っていたけど、彼には影がある。
クールで口が悪くて、それでも前向きで、出会って間もないとはいえ、わたしの中でのウィルの印象は悪くない。
目を引く容姿はもちろん、それがあってもなくてもきっといろんな人を魅了して好かれるタイプの人間のはずだ。
でも、ふとした瞬間に別の一面を見せる時がある。
どこか寂しげで、本当は誰も寄せ付けたくないオーラを放っているというか……うまくは言えないけど、ウィルは厳しくて強い。
だからこそ、きっとわたしよりもあの子の気持ちがわかっているのかもしれない。
「あーあ。なんだか情けないなぁ。飛び出して行っただけだもん」
「俺だったら見捨ててたよ」
白々しく肩をすくめるウィルを見て、少し安心した。
「わ、わたしもね、昔、化物扱いされてたの」
「顔?」
「ち、違う!」
(なんて失礼なことを言うのだろうか)
「髪よ、か・み! ほら、暗いでしょ?」
「それだけで?」
「珍しいから仕方ないっていつもママは言ってたわ。でも好奇の目に晒されるのはつらかったのよね。だからそう言われるあの子を見た時、つい自分と重ねちゃって……」
「ああ、確かに赤色の目は初めて見たけど」
夜風が少し乾いた肌に触れる。
柔らかなお花の香りに混ざって大好きな海の香りがした。




