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絶体絶命

「なんだぁ? てめぇ!」


 気付いたらその子を庇うようにして男の前に立ちはだかっていた。


 近くで聞くとさらに迫力しかない男の怒声に体が動かなくなる。気を抜いたら腰がぬけそうだ。


「関係ねぇだろ、どけよ!」


「こ、こんな小さな子に暴力ふるって! そ、それでも親なの!」


 精一杯叫んだわたしの声にそれまでパレードに夢中だった一同がこっちに注目したのがわかった。どちらかというと、片目でちらちらと。当事者にはなりたくないようだ。やっぱり気付いてたんだと思うと腹が立つ。


「バカを言うな小娘!」


 急に狂ったように男が高笑いした。


「こんな化物の親であってたまるかよ!」


 化け物。


 その言葉に、カチンときた。


 それまで感じていた恐怖が徐々に軽減されていく。恐怖で、というよりも怒りで震えが止まらなくなる。


 頭がおかしくなりそうだった。


 間違っても言っていい言葉ではない。


「気にしちゃダメよ、あんなの……えっ……」


 もう大丈夫だから、と言いかけてその子の顔を見たわたしは思わず声を失った。


 整った愛らしい顔に、髪は色素の薄いきれいな金色。


 見るからにお人形を思わせる美少女だったが、瞳だけは燃えるような色をしていた。


 夜の闇にその色だけがぼんやり浮かんで観える。


 真っ赤だったのだ。


 初めは泣いているのかと思った。


 だけどそれは違って、泣くよりもむしろ、その赤い瞳で鋭く睨んでいるようだった。


 だけど、自然と体は動いていた。


「も、もう、大丈夫よ」


 無意識に抱きしめていた。


 小さい体が微かに震えていた。


「大丈夫だからね」


 この子を通して見えてしまったのだ。


 化物と言われるその子に、他の子と違う暗い髪色を持つ自分も珍しさからかじろじろ見られたり好き勝手言われた過去を。


 不愉快な視線を向けられたかつての自分と重ねてしまった。


「俺はずっと、この使えねぇ化物の世話をしてきてやっただけだ。勘違いす……」


「そうね。あんたみたいなのが親だったらたまんないわね!」


 女の子を抱えたまま、そいつを全力で睨み付けながら私は立ち上がっていた。


「!」


 そしてすぐにそれを後悔した。


 後ろで控えていたらしい同じような体型の大男たちも何人か立ち上がってきたのだ。


「えらく威勢のいい姉ちゃんだな」


 細く笑んで、何人かは指を鳴らす。


「いやぁ、きれいな姉ちゃんじゃないか」


「楽しませてくれそうだな」


 嫌らしく笑って向けられた視線にぞっとした。本能で危機を感じて身震いした。


 そのうちのひとりが鉄パイプのようなものを取り出し、カンカンと地面に当てて音を出し、わざとらしく構える。そして、


「これでもまだ強気でいられるかな」


 それをわたしに向かって振り上げた。


 いつも無鉄砲な行動は慎めとママから言われていた。こんなときにそんな言葉を思い出して後悔する。こんな形で、夢を終わらせたかったわけじゃないのに。


 鉄パイプが空を切る音に、もうだめだと思って固く目を閉じるしかなかった。

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