新しい時代の幕開け
「ウィル」
「ん?」
「ありがとね」
ずっとタイミングを見計らっていた言葉が、ようやく声になった。
「すごく今さらだけど、わたし、本当にひとりじゃ何もできないんだなぁって、思い知らされちゃった」
いつもそうだった。
いつもレイの真似ばかりして、自分で考えて行動していなかったから。
「こうやってなにかを得られることが当たり前じゃないことに改めて気づいたわ」
食べることも生活をすることも。
温かいトマトスープが心に染みる。
「海に出たいって、今まですごく簡単に言っていたけど、一日で野垂れ死にするところだったわ」
「ローズの言ってた物語の類には生活することののうはうとか、船内の様子がどうとか細かく書いてなかっただろうしな」
ああいう物語はバトルシーンとか、いいとこしか書いてないから、とウィルが肩をすくめる。
「知ってるか? ずっと海賊たちの間では、『船に女を乗せるのは不吉だ』と言われていたそうだ」
「え、そうなの?」
「いろんな意味を持って語り継がれた迷信だと思うけど、俺が見てきた文献にも女性が船に乗っていた記録はほとんどない」
『不吉』と言われてしまってびくっとしたが、あまりに興味深い話で耳を澄ませる。
「先人者達が守ってきた言葉は大切だと思うんだ。だけど、ローズが試行錯誤して百面相をしている様子を見てると、新しい時代の喜劇を見てるみたいで俺は面白いよ」
「き、喜劇って……」
(そ、そのたとえはどうかと思う)
「ふ、不吉だと言われていたことを知っているのに、よくわたしを乗せる気になったわね」
口を開くと、可愛くない言葉ばかりが飛び出してくる。
だけどそうだ。
ウィルなら鍵だけ奪ってひとりで船を出すことだってできたはずだ。
「古い考えだ」
「え」
「女性だけ海を渡れないなんておかしな話だろ」
それに、とウィルは続ける。
「俺は海賊じゃないしな」
なんだろう。
不思議な人だ。
不思議とこの人のお話にはすごく引き込まれてしまう。そして目を奪われる。
今まで近づけなかっただけで男の子ってこういう存在なのだろうか?そう思えるくらいに。




