初めての土地
ガタンという揺れとともに大きな音がして、地図上の『イナグロウ』と書かれた部分のランプが赤から他と同じ黄色に変わり、そして船は止まった。
とうとう到着してしまったのだ!
ここは、まだ見ぬ土地!
「どど、どうしよう、何だか緊張してきた」
「はは、大げさだな。とっとと買いだめして何か食おうぜ」
「なんでそうあっさりしてるかな」
わたしが朝食を取っちゃったからまだお腹が満たされていないのかもしれないけど、あまりにも感動の薄いウィルにあ然としてしまう。
「なに? ローズは留守番?」
「ま、まさか! 行くわよ!」
(ここまで来たのに出ないわけないでしょ!)
わたしとは正反対に全く興奮した様子もなく淡々と準備を始めるウィルに続き、慌てて出口のある階下へ向かった。
ウィルがドアノブに手をかけると、以前は全く動くことのなかったそこは驚くほど簡単に開いた。
照らす日差しが眩しかった。
「すげぇ技術だな」
器用なものだと浜辺すれすれに止まった船にようやくウィルが驚きと感動の声を上げる中、その声を耳にしながらゆったりとした風を感じ、足を止める。
ふんわりと甘い花の香りがして思わずめいっぱい手を広げて伸びをしたくなる。
(こ、心地よい!)
異国なんだ異国なんだ!と空気を肌で感じ、なかなか降りられないでいるわたしに向かってウィルは笑った。
「だ、だめ! き、緊張して、あああ足が……」
「ほら、いくぞ!」
「ちょっ、こ、心の準備が!」
ウィルに腕を捕まれ、強制的にもその瞬間を迎えてしまうことになる。
(な、なんてことするのよ)
夢にまで見た初めての土地に足を踏み入れ、いざその場に立ってみて、なんだか初めて足で土を踏んでいることを実感した……なぁんて、思うんだろうなと思っていたけど、意外とジェクラムアスにいたときとあまり変わらない踏み心地に思わず苦笑した。
完全に浮かれている。
「ねぇ、こんな所に船を停めても平気なのかな?」
「平気だと思うけど? ここはおまえの街と違って他にも船は多いし」
そういえばそうだ。
海岸は色とりどりの船で埋め尽くされていて、一隻くらい別の船が混じっても、多分わからないだろう。
いや、ブラック・シー号は他のものに比べるとちょっと(いやかなり)年季が入っていて黒色だけど。
色とりどりのものは船だけではなかった。
家や建物は全て鮮やかな色合いで彩られ、窓という窓には溢れんばかりのお花が飾られている。
建物のデザインもユニークでまるで絵本に出てくるサーカスのテントのように見える。
「きれいな所ねぇ」
「目がチカチカする。音楽も騒々しいし、今にもパレードとか始まりそうだな」
確かに。
聞こえる軽快なリズムに陽気な街……といった印象を受ける。
「どうしてこの街を選んだの?」
「一番近かったから」
「え?」
(一番近い? この場所が?)
「もともとダーウィンの船の噂は聞いていたし、自分でも調べてはいたけど実際に目にするまでは半信半疑で、とりあえずジェクラムアスから少し南に行くくらいだし、この場所なら近いしいいかな、と思って」
「そしたら本当に動いちゃったってわけ?」
「そういうこと」
「行き当たりばったりすぎる!」
だからこそ、今こうして早々にも彼と一緒に異国の地に足を踏み入れられたわけでもあるのだけど。
思わず吹き出してしまう。
「異国の地ってどんなのものかと思ったけど、浜辺の踏み心地はそうかわらないのね」
「だろうな」
一生懸命足を動かし、確認をする私にウィルが表情を柔らかくする。
「俺の住んでいた街のカーニバルの季節に似ているよ」
「中央地区の?」
ウィルが育った中央地区ではよくサーカス団が来ていて芸を披露してくれたのだと教えてくれた。
同じ国の中なのに、そんなことさえもわたしはの街とはずいぶん違っていて驚かされる。
「そういえばウィルも大道芸をして生計を立ててたって言っていたわね。それが影響なの?」
「まぁ、そうだな。いろいろ参考にはさせてもらったよ」
またしても曖昧な笑顔で切り抜けようとするウィルに苦言しかけたけど、ウィルの口から出てくる中央地区の様子が興味深くて、一度見に行ってみたいなとこっそり思った。
本当にわたしはなにも知らないから。
初めて聞くなにもかもが楽しかった。




