月夜の語らい
それからは船内を見まわったり自分の使う部屋を確認したり。
荷物なんて全く役に立ちそうもない学校の鞄しか持ってきていないけど、恐ろしいほどにいろんなものが揃えられているこの船内でならなんとなく生きていけそうな気がした。
これが、魔術師と言われた男の船だというのだろうか。
疑問は深まる一方だけど、かつて父が使っていたという室内には様々な書籍やメモ書きも残されていて、海やその向こうの世界をしっかり調べていたらしい痕跡は残っていた。
そっとその文字に触れる。
見たことのなかった筆跡をただじっと眺め、不思議な気持ちになった。
ここには彼が生きたという証がたくさんある。
今まではあまり深く考えたことなかったけど、彼が何を思ってここで過ごしてきたのか、少し気になった。
彼が残したものは、おいおいわたしも読み進めて知識を入れていけたらと思っている。
夕刻を過ぎたころからわたしと同じくウィルもデッキに姿を現したものだから(ふたりとも海が見たくて仕方がないのだろう)そこからは少しずつお互いの話をした。
「今までの生活については胸をはれるものではない」
ウィルは学校に行っていなくて、歳はわたしよりもひとつ年上の十七歳なのだと言った。
特技は大道芸。道端でいろんな技を披露してその日の稼ぎで生きていたそうだ。
「法に背を向けた生き方をしたこともあったし、追われることも少なくなかった」
ずいぶんぼかして説明してくれているのだろうけど聞くたびにびくっとしてしまうこともあり、自分の知識の少なさや世界の狭さを思い知ることとなる。
それでも不思議と怖くなかったのは、遠い目をしたウィルの話し方がずいぶん遠い過去について話しているようだったから。
一語一語、言葉を選んでいるようだった。
自分の今までの暮らしとは無縁の世界に息を呑むしかできなかった。
わたしと同じで本が好きで、よく街の図書館に顔を出してはいろいろな文献を読み漁っていたらしい。ダーウィンについてもそこで知識をつけたというのだ。
どぎまぎはしたけど、不思議と居心地の悪さは感じなかった。むしろ過ごしやすい。
それが正直なところで、わたしも負けじと力を込めて自分のことを話していた。
大好きなジャンルの話になるとついつい勢いが収まらなくなる。
オチのないわたしの話でもウィルはうんうんと聞いてくれるから話しやすい。
きっとこの点に関しては同士なのだろう。
月明かりに向かって船が進む中、会話を続けたわたしたちは疲れたのかふたり揃ってそのままデッキの上で眠ってしまっていた。
でもわたしは、父がいなくなった本当の理由だけは話すことができなかった。