ダーウィン・スピリの船
「ねぇ、そういえばこの船、だ、誰が動かしたの?」
今更ながら、当然の疑問だった。
そうよ、電気がついてすぐこの船は動いた。文献で目にしたことのある船内って操縦室とかあって、操縦士などと呼ばれる人たちによって動かされるのではないだろうか。
ママもこの船に乗るにあたって、知人の船乗りを呼んでくれたと言っていた。(実際はそれよりも早く出てきてしまったのだけど)
だけど、先ほどまで見てきた中で操縦室らしきものは見なかったし、あんなに短時間で動くものなのだろうか。
わたしも本でしか読んだことがないんだけど……
「本当に、知らないんだな」
ウィルが呆れ顔をこちらに目を向ける。
「な、何よ!」
「ダーウィン・スピリはラマ人だ」
「はい?」
ら、ラマ人?
「そ、それが、何?」
「だから東洋人。魔術師だ。特にラマ人のほとんどは魔術が使えると聞いている」
(へ?)
「ってことは、ダーウィンの幽霊は本当に……」
「違う」
はぁ、と脱力したウィルが頭に手をやり、大げさにため息をつく。
「下の階に大きい世界地図があったのわかるか?」
もちろん。
入ってすぐに目が言ったくらい印象的だったから、素直に頷く。
「その下にいくつかボタンついてたのは見た?」
「世界地図しか……」
「あのボタンには特殊な術が使われているみたいで、決められた文字を入力するとその場所に向かって進みだすそうなんだ」
「へ?」
そ、そんな夢みたいな話があるものなのか。
「俺も信じられなかったけど、以前見た文献にはそう書いてあったし、それに何年も使われてないわりにここは快適にできている。それに実際に動いたのは確かだ」
「ってことは。えーっと……」
混乱していて頭の回転が付いていかない。
「つまり、ボタンの操作さえできればあちこちに移動が可能になるってこと。それに、どんな器具もこの船内なら使える。現に火はついたよ」
この人、いつの間に……
「ってか、あんた、何者なの? えっと、う、ウィル……さん?」
本当に謎である。
「ウィルでいい」
彼は笑った。
初めて会ってから今までで一番いい笑顔だったと思う。すべてをうやむやにされてしまいそうなほどに。
「は、はぐらかさないで、教えて」
すべてが嘘くさいこの男は、謎でいっぱいだ。
一体何のためにこの船に乗り込んだのか、それに同じ年頃とあれば学校に行っているはずだ。
なぜこんなところにいるのだろうか、とか。さらに混乱して今にも爆発しそうなわたしにウィルはははっと声を出して笑う。
「俺のこと、知らない?」
「は?」
一度見たら絶対忘れられない容姿だ。
知るはずがない。
「結構知られてると思ってたのに。あ、そっか、ローズの街は端の方だしな」
腕を組み、ひとり納得して瞳を細めるその姿は子どものように無邪気でなんとも楽しそうだ。
「舞台俳優だったり、する?」
それだったら残念ながら、わたしはあまりその手の話題には詳しくない。
でもこの容姿なら考えられなくもない。
「まさか」
これ以上にないくらい笑って、ウィルはコホン、と咳払いをする。
「孤児だよ」
「孤児?」
「威張ることでもないな」
不思議といつもみたいに異性に対して緊張しないのは、彼が初対面であるにもかかわらず親しみやすい性格をしているからなのだろう。
「幼少期は中央地区のリカルドという街で育ってる」
行ったことある?と聞かれて、ううんと首を振る。聞いたことはあるけど、わたしは自分の街から出たことがない。
そっか、とウィルは続ける。
「といっても、一番長く居座ったのがその街というだけで、今まであっちこっちを渡り歩いて生活していたんだ。安定した生活を求めて」
「嘘でしょ?」
ピンときた。
どこにもおかしなところなんて感じられなかったけど、どうにもこの笑顔に誤魔化された気がした。これは女の勘だ。
「安定した生活なんてこの海の上でできると思う?」
軽く睨み付けてやると、呆然としていたウィルは軽く肩をすくめ、ただただ微笑みだけを見せた。
「探したいものがあるんだ」
ウィルはさっきと同様にくすくす笑ってはいるけど、目が真剣だったため、これは本当なのだろう。
そして、これ以上は何も語らないと言われたようなそんな圧を感じた。
胡散臭いと思ったけど、わたしもそれ以上は聞くに聞くことができなかった。