まだ見ぬ世界への第一歩
好みのタイプかどうかと聞かれたら畏れ多くてお近づきになりたくないタイプではあるもののかっこいいと認めざるを得ない。
これは、カールの親衛隊たちもびっくりするはず。
(でも、どうしてこんな目立つ容姿の男が……この船に?)
顔の良し悪しで勝手に警戒心を解くのは自分でもどうかと思うけど、表情が見えた途端、一気に肩に入った力が抜けたのを感じた。
とはいえ、それと同時に浮かんでくる疑問が減るわけでもない。
「じゃあ、俺は部屋にいるから」
「は?」
「ん?」
「あっ……」
強い光を放った瞳に自分が映されていてぎょっとする。顔から湯気が噴きだしそうなくらい熱くなったのを感じる。
先ほどまでは布をかぶっていて完全に不審者という印象だったためあまり意識をしていなかったけど、わたしは同じ年頃の異性と接することが非常に苦手なのである。
しかも、この人は想像以上に整いすぎていて直視できない。
「ちょ、ちょっと待って……」
しかしながら、うやむやにできない事情もある。
「あ?」
「わ、わたし……あなたとここで過ごせっていうの?」
いや、もう船は動き出しちゃったんだし何を今さらって感じなんだけど、さすがにそれは無理だと本能が訴えてくる。
「ここじゃない。部屋は別だ。俺は『タルロット』の方を使う」
さっき言っただろ、と整った顔がしかめられる。
「い、いやいやいや、そ、そういうことじゃなくって……」
この人と船の上でふたりだけで過ごすなんて……考えただけでどうにかなってしまいそうだ。
「それなら引き返してもいい」
「……え?」
「おまえ、降りろ」
「え! い、嫌! そ、それだけは無理!」
形はどうであれ、ようやく夢の第一歩に進めたのだ。ここで引き返してなるものか。
「絶対戻らない!」
「おまえ、行先は?」
唐突に聞かれてうっとなる。
海の向こうの世界が見てみたいという漠然とした気持ちだけであまり深くは考えていなかった。
彼だってさっきのわたしとレイの会話を聞いていたのならわかっているはずだ。
「俺は探しているものがある」
「え?」
わたしの答えを待たずにウィルは続ける。
髪の毛やらまつ毛やら、太陽の光を直接浴びでまるで芸術作品のような横顔が見える。
「そこに行くにはこの船が必要なんだ」
「ど、どこに行くっていうのよ?」
「それは言えない」
「は、はぁ?」
「でも、そこで降りると約束する」
だから、と彼は広く広がる海を瞳に映し、ゆっくり口元を綻ばせる。そして、
「それまでは我慢してほしい」
情けないけど、目を奪われた。
ああ、きれいだなって。
小さな粒子が当たり一面に弾けて散ったようだった。
言葉にならなくて、自分の中で時間がとまったように感じられた。
「夢みたいだ! 本当に、出てきたんだ!」
見た目とはまた別に、ウィルの瞳が輝いて見えた。
「……も」
「え?」
「わ、わたしもそう思う!」
その気持ちは同感だった。
絶対にないと思えていたこの場所にいられることがすごく嬉しかった。
今でも夢みたいだ。
初めて見る一面に海が広がる世界があまりにも壮大で、住み慣れた街はどんどん小さくなっていくのに不思議と不安はなかった。
考えることもたくさんあったというのにどちらかと言えば言葉にしがたいわくわくした思いが胸いっぱいにあふれていた。