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王子様と街娘

「ローズが言っていた『理想の王子様』は俺じゃない。兄のことだ」


「はっ?」


 いきなり何を言い出すのかと顔を上げたいものの、わたしをしっかり抱きとめる彼は何がおかしいのか嬉しそうに頬を緩める。


「おまえがよく言っていた舞台で観る王子像や物語の中の王子像。それらすべては歴代の王位後継者の人間の姿かそれと同じように育てられた兄の姿だったんだ」


 とは言っても表向きの、と付け加え、ウィルはゆっくり話し始める。


「第二王子といっても俺は兄の代わりような存在で、同じ教育を受けていたとはいえ表舞台で肩を並べて活動を行うことはほとんどなかったんだ」


 そもそも王子像でもないだろうし、と苦笑するその姿に、どの口が言う!と言ってやりたかったが、一生懸命我慢することにした。


 どうやら彼は本当にそう思っているようだったから。


「これは、王族の事情に関わることだったからあまり言えなかったんだけど、兄も俺も呪いにかかっている」


「えっ……」


 黙って聞いていようと思っていたのに、そこで初めてもれてしまった声を抑えることができない。


「の、呪い……」


「弟が生まれたときだったよ。王位継承者である兄と、その下につく俺はあるものから呪いをかけられた。俺はある人間のおかげで、って、知ってると思うけど、エルスのおかげでその呪いを逆に利用して魔物たちと契約を交わした。でも、兄の呪いは、そうはいかなかった」


 呪いだの魔物だの……


 あまりに情報過多でだんだんついていけなくなり、目を白黒させる。


 お兄さんの呪いの話は聞いていた。


 でもそれが王位継承者である第一王子のことだったということも、ウィルまでその犠牲者だったことも、いまだ脳内で処理しきれない事実だった。


 どれもこれも物語の中のお話だと思っていたのだ。


 信じられるはずが……なかったのだけど、人魚や魔術師、ママの呪いのことなど、様々な出来事を目の当たりにした今のわたしはそれを信じるしかなかった。


「兄の呪いは、シャヤさんのかかったものと同じものだった。二十歳まで生きられないと宣告されていた」


 そこで、ウィルは一息つく。


 その表情は少しこわばって見えた。


「だから、俺を王位継承者にしようとする者が現れ始めたんだ」


 そこからだったそうだ。


 今まで日の当たらない影にいた彼に、光が当たり始めたのは。


「兄は今、眠っている。正確には時を止められている。わかりやすくいうと、延命措置というべきかな」


 生かされているだけだ。


 とウィルは悔しそうに漏らした。


「だから、俺が海に出た。この状況を変えられるのなら自分がなんとかしたいと思ったんだ。そんなときに、シャヤさんの呪いの話を知った」


 ごめん、とウィル。


「おまえを、利用したんだ」


 呪われた海賊船の鍵を持ち、呪いが溶けた人間の娘ということで興味を持ったのだと彼は続ける。


 でも驚かなかった。


「でも、最初だけだ。い、今は……」


「知ってたわよ」


「え?」


「呪いのこととか、深いことまではわかんなかったけど、あなたがわたしを利用したのはわかっていたわよ」


 わかっていたわよ。


 そんなのもちろん。


「だって、張り付いたような嘘の笑顔でうさんくさかったし、わたしに対して親切にしてくれる理由もわからなかった」


「は、張り付いたようなって……」


 前髪を書き上げ、困ったな、とウィルは漏らす。その姿に思わず吹き出してしまった。


「でも、いつも言ってるけど、どんな理由であれ、ウィルにはたくさん助けられた。だからわたしには感謝の気持ちしかないのよ。怒ってないわ」


 彼がいなかったらわたしは生きてこれなかったはずなのだから。


 これは紛れもない本心だ。


「利用しようとしたのは最初だけだ!」


 本当だ!と何度も念を押すウィル。


 はいはい、と頬を緩めると、彼は少し安心したようにまたぽつりぽつりと話し始めた。


「おまえと出た旅路は楽しかった。おかげでだんだんつらかった日々を忘れるようになった。最初からこうして一緒に過ごしていたんじゃないのか、とか、これからもこうしてこの日々が続くんじゃないかと何度も錯覚をする日が増えた」


 王子だった日々がまるで夢だったように、と彼は続けた。


「無邪気で真っ直ぐなおまえの姿を見ていたら、俺も夢を見るようになった。このまま一緒にいたい、と。惹かれたのは必然だったよ」


 笑おうと思ったのにぽろぽろとまた頬に温かい感触が伝う。


 それを拭うようにそっと唇を押し当てられる飛び上がる。またもや不意打ちだ。


「あーあ。でも、やっぱ女って王子がいいのかってひどく葛藤することもあった」


 ウィルはくすくす笑う。


「えっ、あっ……、やっ、その……」


 王子様のお話をするたびに彼に嫌なことを思い出させていたことを今更ながら悟り、動揺してしまう。


「ご、ごめんなさい。わ、わたし……」


「初めて二番手であることに悔しさを覚えたよ」


「えっ……」


「また兄上がいいのかって」


「ちょっ! 感情が追いつかないからやめてっ」


 知らなかった事実を淡々と語られるのは興味深いけど、爆弾発言も多すぎて、こ、これ以上は心臓に悪すぎる。


「いや、遠慮したからすれ違ったんだ。しっかり言わせてもらう。信じてもらうまで言い続ける気でここに来たんだ」


「ふ、ふざけないでっ!」


 今にも発狂してしまいそうなほど焦るわたしにウィルは楽しそうに瞳を細める。


「冷静に見たら、そんなに焦ることもなかったんだけどさ。俺、結構自信ある」


「で、でしょうね」


 こんなにもわかりやすい人間、なかなかいないはずよ。


「憧れの王子様像よりも心惹かれる存在が現れて、わたしもどうしたらいいのかわからなかったのよ」


 そう言いながらそっと彼の胸に頬を寄せると優しく背に回された手に力がこもったのがわかった。


「ずっと、言いたかった」


 好きよ。大好き。


 そう。


 この人は、わたしの好きな人だ。

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