大好きな人
「えっ?」
(い、今、なんて……)
「おまえが好きだ」
「えっ……なっ、ちょっ……」
「ローズとずっと一緒にいたい」
「なっ……」
あまりの急展開に思考回路が追いつかない。
ずいぶん都合のいい夢を見ているようだ。
変わりに同じ言葉を何度も頭で反復させては頭から火を吹き出しそうになった。
「じょ、冗談はやめて! そんなわけないでしょ!」
そんなわけないのだ。
「ウィルがわたしを好きだったなんて、そんな様子は一度だって……は、離して! もうわたし……わたしは……」
不覚にも涙が溢れてきて、離してほしいとわめきつつもわたしはそのままウィルの胸に顔を埋めてしがみついていた。
無責任だ。
人の気も知らないでなんてことを言うのだろうか。
「わたしはもう、あなたのことを諦め……」
「失うのは、メルひとりで十分だ」
体中に電撃が走る。
胸をえぐられたようだった。
ウィルの手が、震えているのがわかった。
(メ……ル……)
「これ以上、大切なものを失いたくない」
わたしの肩に顔を埋めるウィルは、もしかしたら泣いているのかもしれない。でも、
「あなたは、手が届かない人よ……」
おいおい泣きじゃくっていた。
「どれだけ想っても願っても、叶わない相手なのよ。ウィルが一番……一番そう言ってたんじゃないの……」
言っていたじゃないか。
だから、わたしは……
「諦めなきゃって思っていたのに……」
そう言い聞かせてここ数日間の日々を悶々と過ごしてきたのだ。
「いられるものならわたしだって、わたしだってずっと一緒にいたかっ……ぐっ」
その言葉と同時に唇をふさがれた。
一瞬の出来事だった。
甘い香りがして、ゆっくり唇の感触を感じた頃に、それは静かに離れる。
ああ……と、こんな状況にも関わらず残念に思う自分が情けない。
瞳を凝らすと、下まつげにかかった大粒の涙がその重さに耐えられなくなってぽろりとこぼれる。
その先に、ウィルの顔が見えた。
「ウィル……」
真剣な瞳でこちらを見つめて、そしてすぐにいつものように満面の笑みになる。
「ふ、不意打ちはやめてよね」
「このくらいしないとローズは気づいてくれないから」
そう微笑んでわたしを力一杯抱きしめるウィル。
「ま、また、そんなこと言って……」
顔が熱くなる。
ウィルだって、わたしの様子を見ていたら、わたしの気持ちなんてすぐにわかるはずだろうのに。それに、
「あ、あなたは本当のウィルなの?」
「え?」
この人は、王子様の影武者か何かか、わたしのよく知るウィルの別人なんじゃないかと思うくらい突然大切なもののように扱われて、落ち着かない。
「だ、だって、こんなこと、今まで……」
わたしに好意があるようには見えなかったのだ。優しく頬に触れる大きな手も、かけられる言葉も全部……
「わ、わたしが鈍感なだけじゃないわよ」
「最後まで迷っていた俺も悪かったんだ」
大切なものを失って、大切なことに気付かされたのだと彼は言う。
「放棄したいと願いつつも、結局俺は第二王子としての心を捨てきれていなかったんだ」
「しゃ、謝罪を聞くわ」
「えっ」
「秘密主義者がわざわざ話しに来てくれたのだもの。ちゃんと聞くわ。だからわかるように説明して」
今までのように。
今までのように、わたしにもわかるように。
そう告げると、ウィルは驚いたように瞳を見開いたものの、静かに頷いた。
「話すよ。約束していた、そのときが来たようだから」