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王子様より誰よりも

「ローズ」


 気遣うようにわたしの名前を呼ぶその人にはっとした。


「どっ、どうしてここに……」


「俺、謝りたくて」


 瞳があったとき、彼は少しホッとした様子を見せ、その一歩を踏み出そうとした。


「ちょっ、まっ、待ってくださいっ!」


 言いたいことは山ほどある。


 会ったら思いっきり嫌味を言ってやろうと思っていたのに、動揺して言葉がうまく出てこない。


「こ、ここはあなた様のいらっしゃる場所ではありません」


 驚きすぎて、心臓が破裂しそうだったけど、精一杯平常心を保つように努めた。


 本当は毎日会いたくて会いたくて、夢に見るほど会いたくて仕方がなかったというのに。


「お、お引取り願います!」


「ローズ……」


 大好きだった人の顔だ。


 本当はもっと見ていたい。


 だけど、


「またこんな所にいらっしゃって、街娘と一緒にいる所をスキャンダルされても知りませんよ? お、王子様……」


 もうこれ以上、現実を突きつけられるのがつらいのだ。


 前回と同じく『王子様』にアクセントを置いて言ってやる。


 傷はまだ全然癒えていない。


 きっとしばらくはまだ、思い出しては泣いてしまうのだろう。


 でもそれは仕方がないと思っている。


 それだけこの人と過ごした毎日は濃厚で、新しい世界を見せてくれたのだから。


 わたしの初恋だったのだから。


 そう簡単に忘れられるはずがない。


「お、王子様は……」


 それだけに、必要以上に心をかき乱さないでほしいのだ。


 絶対に近づけるはずがなかった人。


 今なら痛いほどによく分かる。


 彼は、王族なのだ。


「ウィリアム様は……」


 もう、わたしに関わってこないでほしい。


「ウィルでいいよ」


 ほんの少し表情を曇らせ、彼は言う。


「い、いえ、街娘ごときが王子様にこれ以上馴れ馴れしくするべきではないとわかっております」


 ああ、懐かしい。


 何度もレイと観たっけ。


 王子様との禁断の恋をテーマにした舞台や物語を。


 観たあとも何度も何度も思い出しては心をときめかせたものだけど、まさか自分がこのセリフを言うことになるなんて。


「ローズ」


 突然腕を掴まれ、はっとする。


「王子扱いはやめろ」


 深緑色のウィルの瞳がわたしを映す。


 ずっと見ていたかったのだ、この瞳を。


 見つめられるたびに真っ赤になってた。


 でも、


「む、無理です……」


 もうこれ以上はここにいられない。


「ぜ、ぜぜぜ絶対無理です!」


 あんなにも位の違いを見せつけられたのだ。もう目線を変えることなんてできない。


 今までも薄々は感じていた品のある所作も驚くほど深い彼の知識や能力も、それならばと納得ができるし、彼の全てが理想だった王子様にしか見えなくて胸がぐっとなる。


 これ以上ここにいて、この人を見ていたら、胸が潰れてしまいそうだ。


「あ、安心してください。もう勝手に自分とあなたとの想像なんてもうしません。あなたには二度と、関わらないようにしますから……」


 言葉が……うまく出てこない。


「ローズ」


 彼の瞳がわたしを逃がしてはくれない。


 もう、泣きそうだ。


「か、勝手にお、想って……すみませんでした……わ、わたし……もう帰りますから……」


 その場から去りたいのに、わたしの腕はびくともしない。


 掴まれた場所に熱がこもる。


「謝ることさえ、許してくれないのか」


 消えそうな声が聞こえ、思わず動きを止める。


 顔を上げてまたわたしを見つめるその瞳に吸い込まれそうになって後悔する。


 バカなわたしはまたドキッとしてしまうのだ。


「あの……ちょ、ねぇ……ちょっと……」


 早く、早く出ないと……


 これ以上……これ以上、赤面してしまう前に、わたしの気持ちがばれてしまう前に。


「わ、わたしは……」


「王子ならいいの?」


「え……」


 絶対に耳にできなさそうなセリフに言葉を失い、改めて視線を上げた先に困惑しつつも珍しく頬を染める彼の姿が目に入る。


「ウィ……ル……?」


(ど、どうして……)


 こんな彼を見たことがなく、呆気にとられ、自然とそう呟いてしまったわたしは、彼の表情が少し歪んだような気がした。


(どうして……)


 思うよりも早く、いつの間にか彼の腕の中に押し込まれていた。


「ウィ、ウィ……リアム……王子……」


 何度かこうされたことはあった。


 慰めてくれた時、嬉しくて喜んだ時。


 いつも彼はぎゅっとして力を分けてくれた。


 それは彼にとっては家族のような友人のような、一切異性として扱っているわけではない心ないものだとわかっていたし、実際にそうだった。


 だけど、今は違う。


 ウィルの指先に力を感じる。


 いつもと違う……そう思う。


「ウィ……ル……」


「おまえが今でもまだ王子を望むなら、お、俺が王子に戻るから」


 わたしの頭をしっかり抱えて、耳元でウィルはぽつりと呟く。


「へっ?」


(お、王子に戻る?)


 驚いてしまう。


 だ、だって、この人は……この人は、今までにそんなこと一度も……


「それでも、やっぱり一緒にいたいんだ」


 珍しく振り絞るように言うウィル。


 その声はゆっくり海に響く。


「な、何を言ってるの……?」


 体中が震えてしまう。


「これ以上いい加減なこと……」


 だけどいつの間にか、わたしはウィルの服を力一杯握りしめていた。


「ウ……ウィルは、王子様でわたしは……」


 ウィルの力が一層強くなる。


「ローズ、好きだ」

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