ブラック・シー号
気付くとブラック・シー号の前にいることが増えていた。
(そろそろ元気をださないと……)
ずっとママのことを心配させ続けている。
わかってはいるのに、心が追いつかない。
今日こそは、今日こそは、と思うたびに足は自然とここへ向かっていた。
ママは言っていた。
海賊は誰からも恐れられ、嫌われる存在だった。そして、決して誇れるものではなかったのだと。
忍び寄るように街に近づく。
闇に紛れるようにカラスのように真っ黒な色の船だ。
それがブラック・シー号だった。
わたしたちは、海賊船に乗っていたものの海賊ではなかった。
すべてはウィルのおかげだったのだけど、彼の持っている金貨で生活はなんとかなったし、それが使えないときは演奏なり大道芸なりしてウィルが紙幣を集めてきてくれていた。
戻ればこの船はわたしにとって、あたたかな我が家で、安息の場所であった。
ガチャと慣れ親しんだ鈍い音がして、ブラック・シー号の扉を開く。
中に足を踏み入れる。
一階は相変わらず埃臭くて、ついこの前のことなのに、すごく懐かしい。
ギシッと音を立てる階段の先は二階と呼び、私たちが生活をしていた場所だった。
いつもウィルとメルとわたしの三人で食事をしたり、食後にはカードゲームとしていたり、思い出は多い。
奥に並ぶ三つの部屋のドア、そして世界地図の絵とボタンの数々。
そっと近づき、思わず指で触れてみる。
いつもここに触れるときはとてもドキドキした。
だってこの先にはまだ見ぬ世界が広がっているのだと知っていたから。
わたしの部屋はあの日のまま。
真ん中の部屋も、最初の頃にわたしが着ていたシャツがおいてある。
そして、ウィルの部屋。
そういえば、入ったことなかった。
こんなに長い間、ここにいたのに……何だか変な感じだ。
少し罪悪感はあるものの、今なら許されるだろうと自分に言い聞かせ、扉を開く。
ウィルの部屋はほとんどものが置かれておらず、殺風景な部屋だった。
意外だったのは、あちこちにメルの描いた絵が貼られていた。
ゴミ箱にはチラシのような紙ががいくつか詰め込まれていて、そこには『ウィリアム王子、行方不明!』『第二王子、攫われる』などと書かれているものがほとんどだった。
読めなくても雰囲気はわかる。
きっと各国でも王子の行方を探すポスターは貼られていて、それをウィルがわたしに見せないように隠したということがわかった。
髪を染めて、自身の正体をずっと隠し続けてきたウィル。
一体彼は何を思い、どんな気持ちで仮の姿を装っていたというのだろうか。
わたしにはわからない。
そっと取り出したものを元の位置に戻す。
触れてはいけないプライベートな空間には、やはり立ち入っては行けない気がした。
そして三階へ上がる。
夕日の色に染まる美しいデッキ。
夕方になるとわたしはいつもここでひとりでティータイムを楽しんでいた。
景色が素晴らしくて、そこに立つとまるで浮いているような気持ちになれる先端。
ここは月明かりが一番よく見えた所だ。
そう、あのときも……
「ローズ……」
あのときも後ろからウィルに……
(……え?)
言葉を失う。
かけられた声に、恐る恐る振り返る私の目に信じられない光景が映る。
背の高いハチミツ色の髪を持つ青年。
「………」
もう二度と、二度と会えないと思っていた。
それでも彼はそこに立っていた。
あの時と同じように。
「ローズ」
(ま、まさか……)
これは夢なのか。
目を見開く。
だってその人は、この場には絶対存在しないであろう人物だったのだから。