ウィリアムとレイチェル
親友は異性の人間がとても苦手だった。
話しかけるだけで嫌悪感を露わにしていたし、恋愛の話が一緒にできるようになるのはいつのことだろうと正直思ったものだった。
目の前の王子様は視線が合うだけで眩しくて、こんな方とどうやって彼女が過ごしてきたのかと疑問にも思う。
彼はぐちゃぐちゃにした記事をゴミ箱に投げ込む。
「ロ、ローズに……何があったんですか……?」
想像よりも神々しくて整った顔立ちのウィリアムその人に圧倒されてたじたじしてしまうもののレイチェルはぐっと拳を握る。
「こ、この一年……一体、何が……」
それでも彼女は聞いていた。
真実は、この人にしか聞けなかったから。
「君は、レイ?」
「えっ……」
逆に問い返されて驚いてしまう。
「ど、どうして……?」
「ローズからいつも聞いてたから」
優しくウィリアムは微笑む。
「そうか、君が」
はじめまして、と言われても理解に苦しむ。
「ロ、ローズが……?」
「何かあるとレイはあーだこーだあーだこーだといつも言ってたから、耳にタコだよ」
思わずレイチェルは俯いてしまう。
「あ、もしかしてまだあいつのこと、怒ってる? それなら……」
「わたしに怒る資格なんてありません。ローズの方こそ、もう親友とだって思ってくれてないはずです」
彼女は辛そうに瞳を閉じる。
「わ、わたしは彼女にとてもひどいことをしてしまったから」
似たような光景を知っているウィリアム優しく瞳を細めた。
「それはないと思うよ」
「え……」
にっこりするウィリアムの表情を直視できなくて赤面してしまうレイチェル。
なんて破壊力なのだろうかと改めて思う。
「あいつ、レイを怒らせた~やら、もう親友と思われてない~とか言ってわんわん泣いてたから……でも安心したよ」
「な、泣いてた……? ローズが……」
レイチェルは目を見開く。
「ローズが、わたしのために……?」
「どの景色を見るときもおいしいものを食べるときも新しい発見があったときも、ローズの隣にはきみがいたよ」
レイチェルはぐっと息を呑む。
「誰よりも一緒に見たかった世界だと言っていた」
「う、うそ……」
レイチェルの目からポロポロ涙が流れる。
知らなかったわけではない。
親友はいつも言っていたのだ。
海の向こうの世界を、いつか一緒に見てみたいねって。
いつも、彼女の未来のお話には自分がいた。
「ローズ……」
よかった、と微笑む彼の表情はあたたかい。
そんな彼を見て、レイチェルも微笑みを返す。
「ローズは王子様が……」
「ウィル」
「あ、ウィル……さんが好きだったんですね」
無言の笑みで訂正されながらもレイチェルがそう言うと、ウィリアムから笑みが消えた。
「ああ。正確には顔も知らない王子が、だね?」
彼は肩をすくめる。
「それも何度も聞いたよ」
「ええ、確かに昔はそうでしたけど……」
「ローズの言っていたのは、兄のことだよ」
応援してやれたらよかったんだけど、とウィリアムは苦笑する。
「そうなんですか?」
「彼が正当な後継者だ」
そういえば、第二王子のことは今まで聞いたことがなかったな、とレイチェルもふと思う。
心なしか不服そうな表情が隠しきれていないウィリアムに、レイチェルは自然と頬が緩んだ。
「ローズが王子様のお話をするたびにそんなお顔をされていたんですか?」
にっこり笑うと、ウィリアムは困ったように髪の毛をかきあげる。
「今のローズの好きな王子様は、ウィルさん、いえ、あの子は今、ウィルさんという人間が好きなんだと思います」
わたしの勘ですけど、と付け加えると唖然とするウィリアム。
「あの子のことならある程度のことはわかると思います」
今は、どうかわからないけど、それでもそんな自信はまだ消えていない。
「わたしの中のローズは、いつもをわたしの名前を呼んで、わたしの後ばっかり追ってきていた子でした。今やとっても美人になってしまってあの子に近づくことさえできないわたしだけど、それでもわかるんです。あなたはあの子が心を許せた方なんだなって……」
「……だといいんですけど」
心底嬉しそうな様子を隠すことなく、ついついレイチェルの方が頬を赤らめてしまった。
「ウィルさん、ローズの所に行ってやってはどうです? お母様のシャヤさんの話だと、ローズはずっと元気がないそうで……」
「え……」
「またウィルさんがあの子のことを悲しませるのだったら許さないけど、でも今はそんなことないと思いますから、許します」
レイチェルは深く頷く。
「あそこの道を右に行って坂を下った所の赤い木のおうちです。多分すぐわかるはずです」
「ありがと、レイ……」
ウィリアムは満面の笑みを浮かべる。
それにはさすがにレイチェルもドキドキさせられた。
「ローズがいつも自慢していたレイに会えて良かったよ……」
一言そう言って、ウィリアムは駆け出す。
レイチェルは思わず目を細める。
「ちょ、ちょっと! レイチェル、誰よ! あれ……」
「すごくかっこよくなかった?」
いつの間にか後ろから同級生が現れる。
一体どこに隠れていたのか……
「ねね? どういった知り合い?」
「うん。かっこいいね。」
レイチェルはそれだけ答え、ニッコリした。
(きっと、彼なら大丈夫だ)
なんだか胸が小さくはずみ、少し嬉しかった。