久しぶりの我が家
「なぁ~に、しけた面してんのよ! 久しぶりにママに会えて嬉しくないのぉ~?」
目の前でママが苦言をもらす。
久しぶりに会った我が母親はびっくりするくらい美しくて、なぜか前より若々しくパワフルにパワーアップしている気もするこの人には驚かされる。
「海での大冒険を話してくれるんじゃないの?」
「しゃ、シャヤ様、ちょっと今は……」
「エルスは黙っていて」
苦笑するエルスさんに対して、ママはずいぶん強気だ。
相変わらずすぎて、笑う気も起きない。
ずいぶん親しい間柄だったのだろう。
「シャヤ様……」
エルスさんはやがて真顔に変わる。
「あの……あ、兄貴が帰ったのって……」
「ええ、本当よ」
ママは完璧な笑顔を作り出す。
もう幸せいっぱいです♡
という様子が全面的に溢れている。
溢れんばかりのオーラが飛び出しているわけだ……
「ローズのおかげでね」
「え……」
「いろいろと言われたって言ってたわ。その後、ローズと一緒にいたっていう美少年にも笑顔でチクチク言われたって……」
幸せそうにママは微笑む。
「なぜ旅を許した? ふたり旅なんだぞ! とかなんとか。まるであの人のセリフとは思えないくらいでずいぶん美青年のことを気にしていて、思わず笑っちゃったわよ。わたし達も同じ頃に一緒に旅をしていたのに、よ?」
「あ、シャヤ様、そこには僕もいましたけどね」
「そうだったわね」
ふたりの会話を聞きながらジパン国で会ったパパのことをぼんやり思い出して顔を上げる。
あの人が本当にそんなことを言ったのだろうか?
あの穏やかな様子からは想像がつかない。
なによりママと共にいる姿も。
「すぐに戻っちゃったけどね。また近いうちに来ると約束してくれたわ」
「余程、おふたりに言われてシャヤ様のことを心配したんでしょうね、兄貴は」
エルスさんも嬉しそうだ。
ふたりからは本当にこれ以上になく楽しいといった生き生きした感情が漂ってきてうんざりしてしまう。
行き場のないもやもやを抱えきれなくて、またぐっと歯を食いしばり、顔を伏せる。
わたしは悲しくて悲しくて仕方がないのだ。
枯れ果てるほど泣いたから涙はでなくなった。
でも、それからは少しずつ心から光が消えていくような気がしてならなかった。
何をしても、何を見ても何も感じられなくなった。
エルスさんは帰った(どこにだろう?)あと、ママはわたしの前に腰を下ろす。
「その美少年は、王子様だったのね?」
「ど、どうし……あ、広告を見たのね……」
うんざりだ。
もううんざりだ。
前みたいに恥ずかしくて赤くもならない。
もう、どうでもいい。
「ショーンには負けるけどかなりの男前ね」
なんて脳天気な意見なのだろうか。
人の気も知らないで。
「………」
恨めしい表情でママを見ると、優しい微笑みが目に入った。
だからなんだかとっても胸が痛かった。
「エルスに様子を見に行ってもらってあなたが幸せそうにしているって聞いてとても嬉しかったわ。それは、その王子様のおかげだって思ってもいい?」
「………」
頷く。
だって、本当に毎日毎日幸せだったから。
「エルスがずっと女の子だって言ってたから、ショーンに聞くまでは知らなかったのよ」
ママがわたしの手を握る。
「でも、やっぱりショックよね。ローズの憧れの王子様が、彼本人だったなんて……」
「しょ、ショックなんてもんじゃないわ!」
わたしは立ち上がっていた。
「ウィルはわたしが王子様の話をするたびに反対していた人よ! 王子様は自分だったのに! 遠回しに拒絶されていたのよ。それなのに、変な写真まで各国に貼り出されて……本当に最低よ!」
ママの笑みが消える。
バカよ。
わたしは本当にバカよ。
ママに八つ当たりしたって何も解決しやしないのに。
それどころか、自業自得なのに。
気づいたら自分の部屋に飛び込んでいた。
久しぶりに帰ってきた自室は寂しい程に真っ暗で、わたしを迎えてくれた。