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ローズ、初航海

 船が、動いたんだ。


 そう感じた時、先ほど入ってきた入口めがけて体が勝手に動いていた。


 閉められたドアには鍵がかかっていて開かない。


 もうすでに揺れを感じていたから浜を離れてしまったことを知り、開けなくてよかったと思う反面、言葉にならない不安感は全力で襲ってくる。恐怖で体ががたがた震えだす。


 一瞬の出来事だった。


 考えるまもなく、まるで導かれるように船の中へと入ることとなった。私は、ダーウィンの幽霊にこの船に誘い込まれたのだ。


 あんなに乗ってみたいと意気込んでいたくせに、今では打って変わって泣きそうになる。


「おい、いつまで座りこんでるつもりだよ」


「ひ、ひぃぃっ!」


 上から聞こえた声にまた飛び上がる。


 すべてがもう恐怖の対象でしかない。


「おまえも上がってこいよ」


 部屋の隅っこにある階段の上から顔を出した男に、不覚にもほっとしてしまった自分が憎い。


「さすがダーウィン・スピリ、だな」


 スカートにまとわりついた埃を払い、一歩踏み出すごとにかび臭さを感じる室内を恐る恐る進む。上った階段の先で男は感心したようにして辺りを見渡していた。


 なんだかとても嬉しそうだ。でも、


(す、すごい……)


 同感だった。


 何十年も使われてなかったはずなのに、物置のような階下とは違ってちりひとつないその部屋はとても広くきれいだ。


 ごく一般家庭のリビングを思わせる空間で、中央には大きな世界地図の絵まで飾ってあった。


 シンクやコンロ、そして冷蔵庫までついているし、端の方には大きな暖炉とそして驚くほど大きな本棚まであってあんぐりしてしまう。


(な、なんなの……ここ……)


 あまりに信じられない光景だった。


 見た目より絶対に広い気がする。


「で? あんたとダーウィンの関係は?」


 呆然としている私の隣で男は言った。


 気配なくいつの間にかそこにいて、改めて驚かされる。


「し、知らない」


「はぁ? なんで?」


「あっ、あんたこそ、誰なのよ! 名前くらい名乗りなさいよ! 人のことは偉そうに呼び捨てにしておいて! そもそも怪しすぎるのよ!」


 一体いつまで姿を隠しているつもりなのか。


 布に覆われた見た目は不審者でしかない。というよりも、いつもだったら絶対にこんな怪しい人間のそばに寄ることはない。第一に男性が苦手なこともあって近づけないし、強すぎると言われるくらいに警戒心は強い方だと自負している。命の危機を感じるような場面に自分から踏み込んだりしない。


 でも、なんとなくこの男からは危険な印象は感じられなかった。ずいぶん親しげに話しかけてくるからだろうか。


「何者なのよ!」


 切り返してやると、男は一瞬だけ口ごもり、そして一言『ウィル』と呟いて、また私を質問攻めにした。


「それならタルロットは? ショーンは?」


「しょ、ショーンはうちの父の名前だけど……」


 ママの呼んでいる名前が本物であるなら。


「父さんの船だったってこと?」


「そうみたいだけど、どうして?」


「あぁ、部屋に名前が掘ってあるだろ」


 『ウィル』が指差す方向に、三つのドアが見える。その両端の部屋に『ショーン』と『タルロット』の文字が刻み込まれていた。


「う、うそ……」


 なによりこの空間に加え、まだ部屋まであったことに驚かされた。 


「おまえ、何も知らないのか?」


「き、昨日ママにこの鍵をもらっただけだから」


 自嘲気味に口角を上げたら涙が出た。


 ママのこと、レイのこと、いろいろ混乱してどうしたらいいかわからず、ずっと堪えていたため、何度拭っても止まらなかった。


「戻る?」


 しゃがみ込んで顔を覆う私に向かってウィルは言った。


 慌てて首を横に振る。


 それだけは、嫌だ。


「あ、あそこには、私の帰る場所なんてない」


 そう、私は捨てられたのだ。


 ママは、わたしの出航を勧めはしたものの止めはしてくれなかったし、レイはレイで私を残して行ってしまった。


 ずっと外の世界に出たかった。


 今、ようやくその夢が叶うかもしれない。


 でも、胸が張り裂けるほど悲しい。


 いったいどうしたいのかと自分でもわからなくなる。そんな中途半端な気持ちにまたもやもやさせられる。


「立てるか?」


「え?」


 驚きと同時に顔を上げる。


 布の中にあったウィルの手がわたしの腕を静かに掴んだからだ。


 だけどよくわからなくて、わたしはただウィルに引かれるままについて行った。


 この部屋の奥にも円を描くように階段がついていて、私たちはそれを上った。


 それはこの船のデッキに続いていて、途中にはドアがあり、そこに『バスルーム・トイレ』との文字が刻まれていた。


 一体ここはなんなのだろうか。


 いつもだったら疑問に思ったであろう光景を横目に、私の涙で曇る瞳はただぼんやりと全身を布で被った男の後ろ姿を見つめていた。

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