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王子様とわたし

 この人は、誰なんだろう?


 慌てているとはいえ、気品あるその立ち振舞や雰囲気からはわたしの知っている人物には到底思えなかった。


「ローズを離せ……」


 叫ぶように告げられたその言葉に驚く。


 自分の名前を呼ばれたことに驚いた。


 そのくらい、かけ離れていた。


「ローズを離せ! エルス!」


「ウィル! どうしてここにいるのよ!」


 リモネット姫が彼……ウィルに駆け寄る。


「あなたはアネリア姫の所にいるんじゃ……」


「エルス! 一体どうするつもりで……」


 ウィルは姫の言葉を遮り、エルスさんだけを凝視する。


 それに対し、エルスさんは軽く微笑み、深々頭を下げる。


「お帰りなさい、ウィリアム様。お元気そうなご様子で心より安心いたしました」


 片手に握られる剣がまた構えられたのがわかった。


「そして、さようなら、ですね」


「な!」


 あまりの驚異にウィルの動きが止まる。


「ど、どういうことだ……」


「わたくしはもう、貴方様の付人ではなくなります」


 後ろ手でわたしを馬車の方に誘導する。


「この方を逃がし、貴方様方に刀を向けたとあってはもうここにはいられませんから」


 ニッコリ笑うエルスさんは少し悲しそう。


「貴方様は誰よりも賢くて気高い御方です。そんな貴方様のお側にいられたことはわたくしにとって何よりも幸せで誇りなことでした。本当に感謝しております。ウィリアム様、リモネット様、お二人ともどうかお元気で。さ、ローズさん……」


 馬車に乗り込もうとした時、呆然とするウィル……いえ、ウィリアム王子と目が合う。


 今までずっと……


 ずっと一緒に旅をしてきた人……


 言い合いもしたし、喧嘩もしたけど、いつも毎日が楽しくて笑い合っていた人……


 どんな時でも力を合わせて共に生活してきた人……


 いつの間にか、大好きになっていた……人……


(……っ)


 周りの音が止まった気がする。


 まるでふたりだけの空間に飛ばされたようだった。


 わたしの目にはウィルしか映ってなくて、ウィルの瞳にも同じようにわたしが映っていた。


 体中が熱くなったと思ったら、気付いたとき、わたしはウィルの目の前に立っていて、そして力一杯彼の両頬を掴んで自身の唇を重ねていた。


 ウィルの瞳が見開かれたのがわかった。


 叫び声をあげるリモネット姫。


 そして、少し後ろの方で泣き崩れた少女にも気が付いた。


 だけど、そんなのどうでもよかった。


 全身が、物凄い音を立てていた。


 ウィルの頬を掴む指先が震えていた。


 目を開けば顔中涙でいっぱいになりそうだった。


「こ、これでいいかしら……」


 声が震える。


「お、王子様……」


 ウィルを睨み付けたくても、あふれる涙がそれを妨げてくる。


「わ、わたしだって……わたしだってこれくらいの根性、出せるんだから!」


 ウィルの表情は視界が霞んでよくわからない。


(ああ、もう)


 終わった。


 直感でそう感じた。


 いや、この人とは始まってもいなかったし、始まる兆しさえないことは嫌でも理解できたのだけど、


(それでも……)


 もっと、見ていたかったのに……


「う、うそつき……」


 拭っても拭っても涙は止まらない。


 もう立ちつくすしかできない。


「う、うそつきうそつきうそつき!」


「ローズ……」


 この顔を、悲しませたくなかったのに……


「ローズ、聞いてくれ、俺は……」


「き、嫌いよ! ウィルなんて……もう、だいっきらい!」


 力を振り絞ってそう叫ぶのが精一杯だった。


 体中を震わせてただ立ち尽くすしかなく泣きじゃくるわたしの肩を勢いよく抱いたエルスさんによって、そのまま馬車の方へ連れて行かれる。


「ローズ!」


 わたしの名を全力で叫ぶウィルの腕をリモネット姫が必死で掴む。


 それを振り払ってでも追ってこようとしたウィルに、エルスさんは再び剣を向ける。


「ここから先は、王子でも許しません」


 無我夢中で飛び込んだ馬車の中でわたしはもう何が何だかわかならくて、崩れ落ちて泣いていた。


 耳を塞ぎたい。


 もう、わたしの名前を呼ばないで。


 わたしを呼ぶウィルの声やそれを無視してもの凄い勢いで走り出した馬車もわたしにとってはただの夢のようにしか感じられなかった。


 本当、これが夢ならいいのに。

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