王子様の付き人
気付いた時、わたしは手を何かで縛られていて、窓には鉄格子が填められている塔のような場所に閉じ込められていた。
窓から差し込んでくる夕日の光を見て、夕方なのだと思った。
すべてが夢ではないだろうか。
そう思えるほど、この二日でいろんなことが起こった。
昨日の今頃は、あんなに幸せだったのに。
メルがいて……そしてウィルも……
一体ここはどこなんだろう。
船は周囲を囲まれたってウィルは言ってたし、しばらく、いやもう戻れないかもしれない。
何より今、どう考えても拘束されていて、わたしは一体どうなってしまうのだろうかと不安になった。
カチャッという鍵の開く音がして、誰かがドアノブを回す。
(な、何っ!?)
その音に飛び上がってしまう。
「ローズさん、お怪我は?」
飛び込んできたのはなんと、以前にカルロベルラ国で出会ったあの色白にそばかすの眼鏡をかけた男性だった。
「遅くなってしまってすみません。捕まったのがまさかローズさんだったなんて思いもよらなくて……」
わたしの手首を縛っているものを外そうと試みながら申し訳なさそうにその人は言った。
「えーっと……、あ、あなた……どうして……?」
「エルス。エルス・ジャックソン。父上のショーン様の弟子だったものだよ」
早口ではあるものの、今回は前回と違って素性をペラペラ話してくれたことに驚いた。
それはきっと緊急事態だからなんだろう。
以前と違い、少し余裕がなく見えることから察することができる。
「今はジェクラムアスの王子様の付人をやっているんだ。とはいえ、ここはアカメル城なんだけどね。今日は王子様の婚約者の……」
「あ、知ってます。誕生日なんでしょ?」
ここが危険な所ではなく、アカメル城ということに少しホッとした。
それにしても、さらっと流れたけど、今の会話にはいろいろな情報が一気にあふれていて脳内の整理がうまくできない。
目の前のこの人、エルスさんが王子様の付人だというのには驚いてしまう。
(そんなこともあるのね)
「まぁ説明は後で……今は早く逃げよう!」
だけど、わたしの手首はなかなか解けない。
よほどきつく縛られているのだろう。
だから余計気になってしまう。
「でも……どうしてわたしが……アカメル城に……」
まさか、と嫌な予感がする。
イナグロウ国での指名手配ポスターが影響しているのではないだろうか。
そういえばこの人も以前そう忠告してくれていたし……
「王子を唆した女だと言われているんだ」
早口だけど、エルスさんはきっぱり言う。
どうやら指名手配犯に思われているわけではなさそうだ。
「ん?」
だけど、ちょっと、待って……
「え? それってどういう……」
唖然としてしまう。
「そ、唆したぁ?」
思わず出てしまう気の抜けたような声。
確かに、憧れてはいたけど……唆すだなんて……
「しぃ! リモネット様がかなりお怒りで、今こっちに向かっているみたいで……」
「リ、リモネット……って……」
リミー王子……よね……
「だ、だけど……どうしてまた、ジェクラムアス国の王子様まで私のことを怒っているんですか?」
心当たりがなさすぎる。
そもそも、リモネットとは一生お近づきになれないであろうと悟ったばかりだったというのに。意味がよく理解できない。
エルスさんはついに小刀のような物を取りだして頑固な私の手首を縛り付けているようなものを切り出す。
エルスさんって細すぎて力もなさそうなのにこの的確な動き意外なものだった。
「いや、リモネット様は第二王子の双子の妹君。姫様だよ」
エルスさんは額の汗を拭う。
何事もないかのように。
「あの方は、兄上思いの良い方なんだけどね。特にウィルアム様のことになると周りが見えなくなってしまわれるんですよ」
「え……?」
ウ……ウィ……
聞き返しそうになった。
同時に、わたしも汗だくになっていた。
「それにしても……硬いな、この紐……」
エルスさんの声が塔に響く。
それでもわたしの耳には何も入っていなかった。
ただ、王子様の名前が……頭を回っていた。