ジェクラムアス国の王子様
「アカメル国の姫は、この国の第二王子の婚約者だった人だ」
「え……」
(だ、だった?)
「魔物がついた方の王子だ」
突然告げられたウィルの言葉に息を呑む。
「お前の言っていた王位継承者の王子の婚約者ではない」
どういうことなのだろうか。
考えたくても逆に掴み返された手首に痛いほど力がこもってぞっとする。
「い、痛い……ウィル……」
「諦めるのか?」
「あ、諦めるも何も、私には遠い存在で……」
近づくことさえできないのだ。
「夢のまた夢……」
「おまえならできると思ってた。それだけ強い気持ちなんだって、そう思ってた」
ウィルの強い深緑の瞳が見れない。
自分が、すごく恥ずかしい気がして。
「ごめんなさい」
それしか言えない私。
「それなら、遠慮はしなくていいんだな?」
「えっ……」
ウィルはそんな私の手を強引に引っ張り、私の唇に自分のそれを押しつけた。
「……んっ」
一瞬、時間が止まったかと思った。
一瞬、周りの音が何も聞こえなくなる。
一度瞬きをしたらもう目は見開くしかなかった。手に持った袋がバサッと落ちた。
その音に周りの音が戻ってくる。
周りの人が見ている気がした。
強引に奪われた唇は熱を帯びる。
(ど、どうして……)
それでももしかしたらやっぱりウィルも同じ気持ちなのかもしれない……そう思った自分がいた。
だけど、それは違った。
角度を変えてまた乾いた唇が私の呼吸を乱したとき、そのまま身を預けてしまおうかと思えるくらい胸が高鳴った。
その後すぐ、天国から地獄へと叩きつけられるとも知らずに。
「好きならこれくらいできる根性出してみろ」
その言葉に耳を疑った。
唇が離れ、真っ赤になってポカンとするわたしにウィルは言い放ったのだ。
「王族の前だろうと誰の前だろうと、身分なんて、おまえには関係……」
ウィルの言葉が終わらないうちに、私は思いっきり彼の頬をはたいていた。
信じられなかった。
これが、あのウィルなのだろうか。
体中がわなわなと震えるのを感じた。
「な、何するのよ!」
私の声が響く。
「どうしてこんな……」
こんな形で……
「ウィルは私のこと、好きじゃないくせに!」
ウィルが何かを言おうとしたのがわかった。だけどそんなの聞いていられなかった。
気づいたら駆けだしていた。
これは、夢なのかしら。
とてもとても最低最悪な夢。
胸がとても痛くて、唇がすごく熱かった。
ウィルは追いかけてくると思った。
なのに、次に振り返ったとき、後ろにウィルの姿はなかった。
やけくそでもしてほしくなかった。
そう思ったら涙が出た。
なんとも思われていない。
そう言われたようなものだったから。
泣くものか!と思ったけど、歯を食いしばったら涙が出た。
(ウィルの、バカ……)
ずいぶん遠くまで来てしまったようでここはどこなのだろうとあたりを見渡したとき、ウィルの代わりに立っていたのは何人かの兵士で、私は彼らに力いっぱい抑え込まれた挙げ句、何かを嗅がされて気を失うこととなった。