アカメル国のお姫様
「……ズ、ローズ……」
ウィルに呼ばれてハッとする。
「どうした? ボーッとして」
「あ、ううん。何でもない。あ、ウィル…これ、朝食……」
慌てる私にウィルは溜息をつく。
「ああ、さっきもそう言ってたよ」
「あ、そっか」
ダメだな。
何を落ち込んでいるのだろうか。
はじめっからわかっていたのに。
「ごめん」
「大丈夫か?」
心配そうに覗き込まれ、いたたまれなくなる。
感情がぐるぐるして自分でもどうしたらいいのかわからない。
訪れた沈黙がつらい。
ふたりのときはどんな会話をしていたっけ?
考えてしまう。
「ウィルの言うとおり、アカメル国に近いからって理由で本当にたくさんのポテト料理があったのよ」
できるだけ明るく努めて声を出す。
ウィルとまで気まずくなるなんて耐えられなかった。
「うまかったよ。ごちそうさま」
「ぜ、全然食べてないじゃない!」
「いや、十分食べたよ」
きっと今までのウィルならこんなとき、作り笑いを浮かべて誤魔化したはずだ。
だけど、今は違う。
ウィルの瞳に光がなくなってしまったことが目に見てわかった。
「飲み物を買ってくるよ」
何がいる?と聞いてくるウィルに反射的に首をふる。
フードを被り直し、立ち上がり、そのままウィルはすたすた歩き出す。
また私に背を向けて。
「ウ、ウィル!」
明らかな拒絶だった。
「ウィル、待ってよ!」
どうしたらいいのかわからない。
言葉を発さず振り返るウィルの表情に息を呑んだ。
こんなにも表情を失った彼を見たのは初めてだったから。
「大丈夫だ。すぐ戻るから」
わかってる。
置いていかれるなんて思っていない。
だけど、不安なのだ。
ウィルがウィルでないみたいで。
「あ、あのね、ウィル……」
「ニュースニュース!!」
意を決してウィルの腕を掴んだとき、隣を陽気に走る青年の声に私の声はかき消された。
「今日、アネリア姫がジェクラムアスに来ているそうだ」
アネリア姫。
その名前にピクリと反応して、同じタイミングで隣のウィルの表情もずいぶん険しいものになった。
「知ってたのか?」
その姿は聞くまでもなかった。
アネリア姫は王子様の婚約者なのだと先ほどから幾度となく耳にした。
「あ、そうよね。ウィルはこの辺に住んでいたんだもんね」
知らないはずがないだろう。
お誕生日ということでこんなにも盛大に祝われ、みんなを笑顔にしているお姫様だ。
さぞかし素敵な方なのだろう。
「お誕生日だなんて、おめでたいね。だからね、このミニケーキはおまけしてもらっちゃったの♪」
慌てて付け加えるも不自然な私。
言えば言うほどボロがでそうで自己嫌悪したくなる。
ウィルは黙ったままそんな私を眺める。
その視線がとても怖い。
「お、お誕生日といえば、私たちも海に出てからずいぶん経つし、ひとつ大人の階段を登っていたりして」
精一杯作り笑いをしてみたけど、相変わらず表情のないウィルに視線をそらされる。
「あの、ウィル……」
「だから落ち込んでたの?」
「いや、別に落ち込んでるわけじゃ……」
きっと半ば意地だったとはいえずっと執着していた夢だったのだ。それが現実的な形で目の当たりにすることになり、落ち着かないのだろう。私はそう思っている。
それに今さら、実は今はあなたの方が好きです!なんて……言えるわけがない。
「わ、わかってたことだしね。ウィルも知ってたんなら教えてくれたらよかったのに……」
だからウィルはいつもやめた方がいいと言ってくれていたのだろう。
私がこの事実を知った時に、落ち込まないように。
「でも全然平気よ! だ、だって、身分だって違うし、まず会えっこないもん。わかっていたんだから……」
冗談っぽく流したかった。
馬鹿だなっていつものように笑ってほしかった。
いつもは冷静なウィルが、なんだか今日は気が立っているみたいだったから、なによりも、ウィルがまるで知らない人のようでとても寂しかった。