ジェクラムアス国、再び
ぜえぜえと息が上がる。
だけど、待ってと言える雰囲気ではなかった。
あれからずっとウィルに手を引かれ、海辺から少し離れた市場の立ち並ぶエリアへ連れて来られた。
「ねぇ、どうして船に戻らなかったの?」
黙り込んだウィルの背中に問いかける。
「ねぇ、ウィルったら!」
「あそこで何かが光ったんなら今頃はとっくにあの船は包囲されているだろうから」
そう言うなりウィルは私の被っている帽子をさらに深く押し込む。
この帽子は先程ウィルが買ってくれた。
確かに、ウィル程の整った美男子や私のような暗い髪色を持つ者も珍しいのはわかる。
だからなのか、市場に入ってから人目がやけに私たちに集中した。
そしてそれ以前に、この国でのウィルは指名手配犯だということに気が付いた。
だからこの帽子は顔や髪を隠すのに案外役に立っているはずだけど……
「悪い。疲れたか?」
急に黙り込んだ私を気遣ってか、ウィルが覗き込んでくる。
フードを被っていてもよく目立つ美しいご尊顔がそこにあった。
「何か買ってこれば。ここで待ってるから」
無理に笑顔を作るウィル。
最近、気づいた。
ウィルの笑顔は彼の身を守る鎧なのだと。
「ウィルは?」
「あ、俺は今はいいよ」
目に見えて元気のないウィル。
明るく見せてるつもりなんだろうけど、それはかなり痛々しい。
ウィルはメルのことをすごくかわいがっていた。だからその気持ちは痛いほどわかる。
「わかったわ! おいしいものを買ってくるから!」
そんなウィルのためにもウィルの好きそうなものをできるだけ買おうと決めた。
ポテト。
ここはジェクラムアスでもアカメルと近いこともあって、やっぱりいろいろな種類のポテト料理が並んでいた。
「お嬢さん、美人だねぇ」
店のおじさんはずいぶんノリノリで、とても明るい人だった。
「お嬢さんもポテトが好きなのかい?」
おじさんはニコニコする。
「え、ええ……」
あまりのテンションの違いについていけそうになく、苦笑する。
何かを購入するときは静かに選ばせてほしいタイプの人間だ。
「そっか。今日は大事な日だしな」
嬉しそうに微笑むおじさん。
「そこのポテトはおすすめだよ。アカメルから直で仕入れた物だ!」
「何かあるんですか今日……」
ポテト料理で手をいっぱいにしたわたしが聞くとおじさんは信じられないという顔をする。
「この国の王子の婚約者のアネリア姫の十七のお誕生日ですよ!」
「こ、婚約者……?」
「何? 知らなかったのか? あ、もしかしてその髪……お嬢さん、東洋人かい?」
私は深々帽子を被り直す。
わかってはいたことで今更なんだけど、なんだか少しショックだった。
王子様に婚約者がいたということ。
「やっぱり……そっか……」
(そうよね)
確かに納得はできた。
自分自身にも大切な人はできたし、いつまでもあったことのない人を思い続けているのはおかしな話だと思う。
だけど、昔から持ち付けていた夢であり、願いでもあった夢が一気に崩れ落ちてしまった気がして、それから何も耳に入らなかった。