表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/132

カギ泥棒と誘拐

「動くな」


 思考回路の停止した頭では、一体何が起こったのか反応に遅れてしまったけど、いつの間にか背後に全身を黒い布で覆った男が立っていて、わたしの腕をすごい力で押さえつけてきた。


(なに、こいつ……)


「黙ってそのカギを渡せ!」


 響くように低い声だった。


 腕を押さえたんじゃなくって、カギを捕ろうとしているのだとようやく気が付いた。


「は、離して! お、大声出すわよ!」


 無我夢中で叫んでやる。


 たとえここが人気のない海辺でも、目の先にある市場は変わらずにぎわっている。


 そこへ向かおうとする人もいるはずだ。


 叫べばきっと辺りの人が気付いてくれる。


 そう考えたわたしと同様に、そいつもはっとしたようだった。


「なら来い!」


 不覚にも安堵した時は既に遅く、そいつは軽々しくわたしをひょいっと持ち上げた。


「ちょ、ちょっと! 下ろしてよっ!」


 というよりも、荷物のように担ぎ上げられ、男はそのままブラック・シー号に進む。


 ザクザクと荒い砂の音が耳に響く。


(こ、これって……)


 踏みしめる感触が体に伝わるたび危険であると本能が察した。


 殺されるのだと頭の中が真っ白になる。


「だ、誰か……」


(逃げなきゃ……)


 声が震えてうまく出てこない。


「誰かっ……」


「黙れよ! おまえだってこの街が出たいんだろ!」


 声を出そうとして遮られる。


「俺も出るんだよ!」


 そいつの声に、余裕がなかったからだ。


(え……)


 抵抗を繰り返していた指先が震える。


 暴れるにも暴れられず、何も言えなくなってしまったわたしは、ただそいつにしがみつくしかなかった。


 危険だとわかっていたのに、なぜかそいつの声は恐怖心を煽るよりも胸に響いた。


 海に出たい。


 そう思ってしまった。


 こいつがどんな奴であれ、もうどうでもよかった。


 これからもずっとこの街にいることに比べたら……そんな気さえした。


 きっとこのときのわたしは気が動転していたのだ。


「おい! あんまくっつくなよ!」


 わたしを担いだ状態で船に踏み込んだ時、男は言った。


 無意識にぐっと男に


「なっ! あんたが無理に連れ込んだんでしょ!」


 こんな怪しいやつに好き好んでくっつくはずがない。


「嫌ならカギだけおいて降りろ!」


「嫌よっ! これはわたしのものなんだし、そ、それにわたしだって海に出るのよ!」


 怖かったはずなのに、全身を布で覆い隠したこの男にしがみついて叫んでいた。


「わたしは……」


 バカだなぁとみんなは軽蔑するだろう。


 わたしだって、とんでもないことをしているのは重々承知のうえだ。


 軽率な行動だってわかってる。


 それでも、


「なら、出るぞ! ローズ!」


「……え?」


(どうして、名前を?)


「時間がない」


 問うよりも先に男は呟き、わたしを埃だらけの床に下ろした。というよりも落とした。


「い、いったぁ……」


 なんて乱暴な男なのだろう。


 もっと丁寧に扱えないものだろうか。


 と、いうよりも……


「み、見てたの?」


 レイと一緒にいた時のこと。あの会話も。


「ああ、驚いたよ。どうやって船に乗ろうか考えてたらそのカギを持ってぎゃーぎゃー騒いでる女がいるんだからな」


 助かったよ、と男は暗い船の中を見渡すようにして歩いた。


 日はまだ高い位置にあるというのに、室内だとこんなにも違うものなのだろうか。


 一歩、また一歩と男が床を踏む度にぎしっと音が鳴り、居場所を伝えてくる。宙に浮かび上がる埃を肌で感じ、ぞっとする。


 あまりに不気味で、思わずダーウィン・スピリの幽霊の存在を思い出してしまった。


 カチッと音がして、盛大に飛び上がる。

どうやら男が室内の明かりをつけたようだ。


 次の瞬間、眩しい光が視界いっぱい広がり、目を開けたその先には物置のような散らかった部屋が見えた。


「……え?」


 鳥肌が立った。


 どうして何年も使われていなかった船の明かりがつくだろうか。


 意外と冷静にこの状況を分析する。


 それに、いつの間にか男もいない。


 さきほどまで響いていた足音さえ感じられなくてぐっと息を飲む。


 広い物置のようなこの空間にわたしだけ閉じ込められた。そう思った時、ガタンという音に続いてグオォォォォーーっとけたたましい音を出して地面が揺れだした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ