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月明かりと最後の晩餐

「ローズ、早く来いよ。夕日が沈むぞ!」


 上から聞こえてくるウィルの嬉々とした声にげんなりしているであろう顔をあげる。


「ひ、人の気も知らないで……」


 今行く!と叫び返し、重い腰を上げる。


 聞きたいことは山ほどある。


 だけど、今の関係が崩れてしまったらと思うと怖い。


「ほらみろ、すっげーきれいだぞ」


 デッキに登ると、楽しそうなウィルとはしゃぐメルに出迎えられる。


「ウィルの女装には負けるよ!」


「な、なんだと!」


 憎まれ口を叩きながらも視界に飛び込んでくる景色にはっと息を呑む。


 ウィルの言うだけのことはある。


 うまく表現できる語彙が少ないのは残念だけど、あまりの美しさに涙が出そうになるほどだった。


 何を考えていたんだろう?


 頭が空っぽになった。


 わたしの悩みごとなんてちっぽけなものだと言われたようだ。


 燃えるように赤々とした壮大な光に包まれていた。


 この光景は数えられないくらい、この場所で見ていた。


 だけど、見るたびにこうしてまた新しい気持ちで心を惹かれて動けなくさせられる。


 不思議なものだと思った。


 ぐっと胸が熱くなるのは、好きな人を思う気持ちと似ている気がする。


 胸がいっぱいになって、なんだか苦しい。


 デッキが赤色に染まっていた。


 ふと、あの日のことを思い出す。


 この船に初めて乗り込んだあの日。


 そしてウィルと初めて会った、あの日のことを。


「うわぁーーーー! きれい!」


 一呼吸おいたら、自然とその言葉は声になった。


 思わず出たわたしの言葉にあの日と同じようにウィルはくすくす笑う。


「また同じ台詞言ってる」


「え? ウィル……覚えてるの……?」


 驚いてしまう。


 まさか同じことを思っていたなんて。


「ついさっきまで大泣きしてた奴が急にはつらつとした声でそう叫んだんだ。嫌でも頭に焼き付いたよ」


 嫌でもってのは余計だけど、それでもなんだか嬉しかった。


「他の人の前であんなにも感情をぶちまけたのは初めてだったわ」


 きっと夕日と同じ顔色になったはずだ。


 俯くわたしを見てやっぱりウィルは優しく微笑んだ。


「マァマ~」


 メルがもじもじとやってくる。


「なぁに、メル?」


「ママもパパも今メリュと同じ色の目だねぇ」


 自分の頬を押さえてくるりと回るメル。


 スカートがふわりと揺れる。


「そうね。すごくきれい」


 わたしの言葉に嬉しそうにフフッとメルは笑う。


「今日はここで食べるんだろ?」


「ええ。そのつもりだけど」


「よし、メル。なんか簡単なものでも作るから手伝ってくれ」


「はぁーい!」


 メルの手を取って頬を緩めるウィル。


 向けられたのはわたしではないけど、その横顔にやっぱりドキドキしてしまった。


「あのねぇパパァ、メリュね~せんくんがしゅきなのぉ~♪」


 だけど、そんな微笑ましい様子もつかの間。


 メルの言葉は恐ろしい威力を持ってウィルを攻撃する。


 面白いくらいピタッとウィルがまた固まったのがわかった。


「えーっとぉ……」


 なんだって?とわざとらしくメルのしゃがみ込み、聞き返す姿があまりにも滑稽だ。


 さっき、ばっちり聞いてたくせに。


「誰にそんな胡散臭い言葉を習ったんだろうねぇ?」


「う、胡散臭い……?」


 向けられた笑顔が怖い。


「でもねぇ~メルは、ママやパパはもぉぉぉぉっとだぁ〜いしゅきなのぉ~♪」


 そう言い残してメルはたたたっと走っていき、デッキに残るわたし達ふたりはぽかんとして声が出ない。


「胡散臭い言葉……ねぇ……」


「ま、使い方によっては、な」


 その後に続くウィルはとても嬉しそうにしていた。


 三人で手分けしてデッキに食事を運び、ウィルが設置してくれたランプとキャンドル、そして月明かりにライトアップされた私達の食卓は、幸せそのものだった。


 胸のあたりがほっこりあたたかくなった。


 今まで生きてきた中で、一番そう思えた瞬間だったと思う。


 それでも、それはやってきた。

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