地図にない土地
「もぉーっ、京さん達にお別れくらい言いたかったのに……」
果てしなく続く水面の先を見つめ、ついつい同じセリフを繰り返してしまう。
あれから、やはり巫女様の言う通り、神殿からは殺されたと見られる巫女様の遺体が発見されたらしい。
巫女様の言葉(村人達も夢でみたらしい)通り、京さんが新巫女となった。
京さんのおかげでわたし達も「救世主だ~」とか「ダーウィン・スピリの使いだ~」などと言われて、かなりよくしてもらえた。
それでもまた、お別れの日はやってきた。
それはもう突然に。
もう少しこの国に滞在したいとウィルは言っていた。否定をするつもりなんてもちろんなかった。むしろそう言ってもらえたことがとても嬉しくて、わたしもウィルの目的を果たす協力がしたいと告げ、この村のあちこちでわかる範囲で聞き取りを行っていた。
この村ではないにしても、ほんの少しの手がかりでいいから欲しいと思った。
それなのに、船のエンジンの音がするという声を聞いて、ウィルが見に行ってくれた。
ブラック・シー号にはエンジンがない。
それでもないはずのエンジンの音はしていて、こんなこと今まであっただろうかと不思議に思えたほどだった。
なかなか戻ってこないウィルの様子を見に船に戻ったわたしとメルに、地図の国の表記されていない部分がなぜか点滅しているのだと言うウィルの言葉に三人で中に入った。
その途端、ブラック・シー号は突然動き出したのだ。
まるで、わたし達三人を待っていたかのように……
「仕方ねぇだろ、勝手に動き出したんだ。三人揃ってた時でよかったと思うしかねぇよ」
念入りに一階を調べていたウィルが困惑した表情で上がってくる。
「一体……どうなってるんだ……」
ドカッとウィルはわたしの前に腰を下ろす。
ラマ国から離れてしまってずいぶんになるが、何もわからないままだ。
「今向かっているのは、どこなのかしら? 島や大陸以外の所にも点滅ってするのね」
「ああ、確かに国は七つだけじゃねぇってことは知ってるけど、なんでまた急に……」
今までも大陸以外の小さな孤島に途中下車することはあったものの、何もない海の上を目掛けて船が進むというのは初めてのことだった。
わたし達は行き先もわからないまま、手繰り寄せられるかのようにその場所に向かっている。
ゾクリとしてしまう。
「また幽霊の仕業だったりするのかな?」
「またって、今までそんなのなかっただろ」
わたしはもうダメってくらい怖がっているのに、それをウィルは意外とあっけらかんと流す。
「で、でも……やっぱり……あ、あの巫女様って幽霊よね?」
「まぁ、そうといえばそうだろうけど」
「や、やだ、認めたくない! そんなの……」
怖い、怖い、怖い……
幽霊をこの目で見たなんて現実、信じない!
「でもその仕業じゃなかったろ」
「うっ、そうだけど……」
それでも怖いものは怖いのよ!
「それにしても、自分の母親を殺してまでもすることかねぇ。あの女……」
ウィルの言葉にあの新巫女だった人のことを思い出す。
「あの人、あの後どうなっちゃったんだろう?」
「村人達に連れて行かれたからな。あとは村の判断によるんだろうけど、しばらくはまともに暮らせないと思うぞ」
考えて、やっぱりゾクゾクとしてしまう。
村へ連れ戻されたときの新巫女は、作戦が狂ったことによる影響か、全く正気が保てる様子ではなく狂い果てており、見るも無惨な姿だった。
「結局、あの人自身が人身御供になったのかもしれないな」
ウィルは独り言のように呟いた。
わたしはそれに、何も言い返せなかった。
「う、ウィルは……大丈夫なの?」
「え?」
「も、戻り方がわかったらまたラマ国へ戻ろうね! わ、わたしもできる限りのことはするから」
本来ならウィルはこんなことしている暇はないはすだ。
ラマ国でまだまだやるべきことはあっただろうのに……そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
彼が失うかもしれないと予言されたものは、もしかしたら……考えるだけでぞっとする。
(さ、最低だ、わたし……)
ウィルはお兄さんを助けたい。
ただその一心なのだ。
そのために前に進むウィルからその希望を奪わないで欲しい。
申し訳ないと思いつつも、それでも今もまだ一緒に入られることを嬉しく思う自分がいた。
そんな感情がひどく腹立たしかった。