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儀式の終焉の真実

「巫女様……どうして……」


 京さんの声が遠くに聞こえる。


 その切羽詰まった状況と信じがたい光景にめまいがした。


 目の前の事実が夢であってほしい。


(わ、わたしは何も見ていない。何も見ていない)


 意識を失えるものなら失いたいものだけど、ウィルにまた迷惑はかけられないし、ギリギリのメンタルで必死に踏ん張る。


「もうわしは巫女ではない」


 それでも現実逃避はさせてくれないようだ。


 お婆さんはこちらから視線を外すことなく口を開く。


 絶対に聞いてはいけない声を聞いてしまった気さえする。


「京よ、今宵から、其方が巫女なのじゃよ」


(えっ、えっとぉ……)


 皇子様と呼ばれるお婆さんは不思議なことを言う。


「わ、わたしが……どうしてです?」


「そこでのびておる新巫女と呼ばれる女、我が娘は、巫女ではない」


「え……」


 呆然とする京さん。


 わたしとウィルも何も言えない。


 ごくりとつばを飲み、ただただ巫女様と京さんのやり取りを見ているしかなかった。


「自分が次の巫女でないことは、こやつも既に知っておったのだよ」


 巫女様は自分の娘である新巫女を指差す。


「だからこそ、こやつは慌てたのだろう。わしを病に見立て殺し、そして新巫女になったのじゃ。この国の者もそれなら当然まず第一にわしの娘を新巫女として頼るであろう。それをこやつは利用したのじゃ!」


「こ、殺す……? ご病気なのでは……」


 巫女様は静かに頭を振る。


「な、なら……巫女様は……」


「京よ、よく聞きなされ。十七年前、其方が生まれたあの日から……こうなる運命は、きっと決まっておったのだ……」


「み、巫女様ぁ……!」


 泣き叫ぶ京さんに優しく微笑みかける巫女。


「巫女は其方だということは……」


「黙れ婆ぁ!」


 うしろからけたたましい声が聞こえた。


 気を失ってるとばかり思っていた新巫女がまだ痺れの残る体を震わせ、叫んでいた。


「あたしは元々、別にあんたの後を継ぐ気なんてなかったんだよ! この国を我が手にしたかったんだ!」


「やれやれ、情けない限りじゃわい」


 暴言を吐き続ける新巫女に、巫女様がすっと手をかざすと、彼女は驚くほどピタリと動きを止め、こくっと力を失ったように頭を垂れる。


「えっ……」


「安心せい。気を失っているだけじゃ」


 慌てるわたしにため息を付きながら巫女様がそう告げ、そしてウィルに視線を移す。


「緑色の瞳を持つ姫君……」


 ウィルに向き直って巫女はははっと笑う。


「稀に見る美しい姫君じゃわい」


「男です」


 柔らかく微笑んで返答するウィルの笑顔が本心の笑みでないように思えて恐ろしいのは気のせいではないはず。完全に説得力にかけたのは、今の格好からだろう。


 どこからどう見ても可憐で可愛い女の子だもん。(図体は大きいけど)


「大切なものをなくす日は近い。せめて……愛する者に、本当のありのままの自分を見てもらう勇気を持つのじゃ……」


 ウィルは巫女を見つめる。


「あ、あの……」


 何かを言い返そうとしたウィルに向かって、巫女は言った。


「さ、命が惜しけりゃとっととここから離れなさい」


 そう微笑んで巫女の姿は薄くなっていく。


 その時、山が崩れた。


 というのが音でわかった。


 山というよりも、木々が振ってくるようだった。


 どおおおおおんというけたたましい音が、とてつもない勢いで迫ってくる。


 もうだめだ!そう思った。


 こちらに向かって迫ってくるその瞬間、もう命はないと思い、固く目を閉じた。


 だけどそれは、わたし達のすぐ手前で止まる。


「えっ……」


(な、何が起こったの?)


 京さんが倒れ込み、目覚めたらしいラマ国の人々がこっちに向かって駆けてくるのが目に入る。


 不思議な出来事だった。


 そのあとで聞いた話によると、離れた所で眠っていたにも関わらず、彼らは夢の中でわたし達と巫女様との会話が聞こえたらしく、急いでここに向かったのだとか。


 まるであのときの光景をすぐそばで見ていたかのようでぞっとした。


 あの出来事は、一体何だったのだろうか。


 あとは村の人達に任せようというウィルの言葉に従い、なかなか目覚めないメルを連れてそのまま海へ向かった。


「なくす……大切なものって何なのかな……?」


 さっきからずっと黙り込んでいるウィルに私は尋ねた。


 ウィルは答えない。


「その様子だと、まだ何か言ってないことがあるみたいね?」


 海水を眠り続けるメルにかけながら、できるだけ気にしないように続ける。


「別にいいけど……」


 言いたくないことのひとつやふたつ、誰にだってあるはずだ。


 言おうか言うまいか悩んでいる様子をウィルを見ていたら、とてもじゃないけどそれ以上は聞こうとは思えなかった。


「ローズ……」


 ウィルがわたしの腕を掴み、真剣な表情で自分の方を向かせてくる。


「えっ……」


 昨日のことが思い浮かんで飛び上がりそうになる。


(な、なになに、どうしたっていうの……)


 緑色の瞳から目が離せなくなる。


「俺……」


「うっわぁ~」


 膝下から歓喜な声が上がった。


「め、メル……」


 目覚めたらしいメルが大きな赤い瞳をぱちくりさせ、ウィルの姿をまじまじ見つめて、嬉しそうに口を大きく開いた。


「げっ……」


「パ、パパ、かあいい~! おひめしゃまみたぁ~い!」


 メルは元気よく尾をバタつかせる。


 きゃっきゃと喜ぶメルの様子にウィルは恥ずかしそうにしてたけど、その姿にわたしはぷっと吹き出してしまった。


 メルとまた楽しくお喋りする話題が増えそうだと内心楽しくながら。

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