1 騎士オードリー 前半
「君には迷惑をかける。曲がったことを好かないのは知っている。出来るだけ害虫を駆除しておきたいのだ、今は目を瞑っていて貰いたい」
腹をくくってアレクセイ殿下に讒言してみれば、思ってもみない言葉が返ってきて驚いた。てっきり暴言を吐かれるか怒鳴り散らされるかを覚悟をしていたからだ。
ピンク頭と出会ってから、殿下は人が変わったようにおかしくなってしまった。
貴族学校の入学式前。
馬車から降りた殿下に、ピンク頭がぶつかってからだ。ピンク頭が公然とアプローチすると、信じられないことに、殿下が靡いてしまったのだ。
殿下とピンク頭との距離感はどんどん縮まり、今やファーストネームで呼び合い、強請られるままにドレスや宝石を贈ったりするようになった。
だが待ってほしい。
殿下は、我が国の二大公爵家のうちの一つ、ハーヴァー公爵の一人娘アレクサンドラ嬢と婚約している。ハーヴァー公爵家の後ろ盾をなくしてしまえば、王太子位も失いかねない。
社交のパーティーのファーストダンスの相手にピンク頭を選んだ時は、卒倒するかと思った。
普段から女性にだらしがないとか、政略のせの字も理解出来ないような頭の残念な御仁なら、まだしも。殿下ほど自らの身を律し、地位と立場を理解し、聡明な人物はいないと信じていたのに。
今や殿下は、女性にだらしなくなったとか、素行の悪い者を側に置くようになったとか、すこぶる評判が悪い――。
だから覚悟を持って、殿下にピンク頭を遠ざけるよう、讒言したのだ。
「害虫、ですか?」
意外な言葉が返ってきて戸惑う。害虫とは誰のことを指しているのだろう。
殿下の口から発せられた穏やかではない言葉に、狼狽えながらながら問い返した。
「そう、害虫だ。王族に寄生し甘い汁を啜る者、害悪を喚き散らし王家の威信と信頼を損なわせる者、仕えるべき対象を傀儡にして身の丈に合わない権力を得ようとする者、その様な質のある奴らはできる限り今のうちに取り除いておきたい。
わたしの言動を王太子に相応しくないものとして讒言してくれる真の友には、話しておくべきだと思ってな」
殿下は事務机から一冊の資料を取り出し、オレに差し出した。そこには今から数年前に王城内で起きた、アレクセイ殿下の暗殺未遂事件が記録されていた。
※※※
日時
王国歴◯△年✕◯月◆◎日 午後2時過ぎ
場所
王城裏庭園内のガゼボ
経緯
アレクセイ殿下がガゼボでお茶を楽しんでいたところ、紅茶を口にして、倒れた。
紅茶は侍女スフィアが用意したもの。所持していたバスケットに紅茶と菓子が入っていた。
アレクセイ殿下殿下が倒れると直ぐに護衛の騎士スレインが緊急事態を告げる笛を吹き、騎士団による捜査が開始された。
アレクセイ殿下殿下の容態は意識不明。
直ぐに王宮医師の下へ運び込まれた。
捜査結果
侍女スフィアが犯行を自白の後、獄中死。
毒物の種類、入手経路、動機は不明。
※※※
幼いころから王子に仕えるオレも初耳だった。おそらく箝口令が布かれているのだろう。模倣犯が出ないようにそれも当然だ。加えて黒幕の憶測だけで激しい政争に繋がる王族の暗殺未遂事件なのだ、政治的な判断があったのは分かる。
だが、話の道筋が見えない。王子の話とどう繋がる? これをオレに見せる意味は?
殿下の目を見ると、オレの目を真っすぐに見返した。
「侍女スフィアは、サマセット伯爵家の長女だった。だけど、貴族の令嬢が独断で王子の暗殺を試みるなんてあり得ない。
……当然、サマセット伯爵の関与が疑われた。だが、証拠が出ない。尋問によるスフィアの自白も、自分が毒を紅茶に混入したというものだけ。
よって、スフィアは死罪。サマセット伯爵は爵位剥奪、財産没収のうえ鉱山送りと決まった」
そう語る殿下の声には一切の感情がこもっていなかった。まるで歴史書を淡々と読み上げているかのような平坦さだった。自らが死にかけた事件であるというのに。
「スフィアは信頼していた侍女の一人だったんだ。彼女に雑談を振ると、よく家族の様子を話してくれたよ。二人の妹と、やさしい父母がいるんだと、いつも本当に楽しそうに話していた」
記憶をなぞる殿下の口元に、一瞬だけ微かな笑みが浮かび、すぐに消えた。
「伯爵家には夫人と娘が他にいたが、平民に落ちた貴族の女が財産も持たず生きていけるかどうか……。
もし生きていたとしても、辛苦を舐めるような暮らしぶりのはずだ。
わたしはスフィアがしていた話を思い出し行方を追ってみたが、なかなか手がかりが掴めなかった。だけれどやっと、一人、見つけることが出来た」
殿下はそこまで話すと、調査資料を重ねて置いた。表紙に綴られたその名に、目が止まる。
≪ ドコール男爵 養女フェミニア ≫
「娘の一人、スフィアの下の妹がとドゴール商会の養女として引き取られていた。王都の繁栄に貢献したとして、数年前にドゴール商会が男爵位を叙爵したことで、やっとわたしの調査網に引っかかったのだ」
フェミニア。
それは殿下が傍に侍らしている、ピンク頭と同じ名だった――。




