~第5幕~
都内高層マンション。
ここに住むのは有名なテレビタレントやヨウチューバーはてまた大企業の社長等。
「それで何で私の家にしたのですか!?」
ちょっと怒る程度の声で日本人黒人女性の女優が男に訊ねる。
伊達賢治はクリスタルエデン所属の倉木理亜奈の自宅に来て潜伏していた。
「今は君ぐらいしか安心できる人間がいない」
「それって嫌味?」
「まさか。ただ俺が何者かに狙われてしまっているのは確かだ」
「なんかスパイ映画みたいな話になっていますね。こわっ……」
「ははは、吉原を買うには早すぎたって事なのかもしれないな」
賢治は大きなソファーで寛ぎながら好物のウィスキーをちびちびと飲む。
「治療で安静にしないといけない人がウィスキーを飲んで寛ぐだなんてね」
「お互いの好物が合っていて良かったよ」
「あのぅ、いつまでいるつもりですかぁ?」
「ひとまず真実をみつけるまでかな」
「真実?」
「クリスタルエデンのなかに“ユダ”がいる」
「ユダ? 裏切り者?」
「ああ、俺が華崎さんと会食するスケジュールも把握して暴漢を手配した」
「エガさんや野田さんも疑うと?」
「今は」
理亜奈は事が深刻な事態になっていると彼の表情をみて悟る。
「変なことを考えたら許さないですからね?」
「心配するな。俺はいつでも愛に一途な男だ」
冗談のようなやりとりを交わして彼女は家をでる――
彼が家にやってきたのは突然の事。彼がスペアで持っているスマホから電話をかけたらしい。登録していない電話番号からの着信に彼女は驚いたが、それが賢治である事にもっと驚いた。家に匿って欲しいという内容であったから。
理亜奈は京都で生まれた純然たる日本人だ。しかし両親は異国のルーツを持つ黒人。
彼女は運動神経がよく高校をでるまでは真剣にスポーツ選手になる事を夢みていた。
しかしプロの壁を感じて挫折。
大学進学するなかで演劇の世界に触れる事があり、以降は女優の夢も追うように。
それでも現実は厳しかった。黒人日本人女性というアイデンティティが壁となったのだ。
彼女はそんな自分の特徴を活かしてヨウチューバーとしての活動を学生時代より開始。
黒人日本人の取材を積極的におこない、自身のことを語るチャンネルはすぐに収益化が叶うほどのビジネススペースに。ヨウチューバーとしての活動の他に歌手やモデルの活動も平行して進めていくなかで「本当は女優になりたかった」という動画を投稿。これが話題となり、目をつけた賢治が設立間もないクリスタルエデンにスカウト。そこからタレントとしての道を切り開いていった。
最初は海外の再現VTRに出演する仕事だけこなしていた彼女だったが、テレビドラマ「碧-aoi-」の服部碧役に抜擢。黒人日本人の女子高生が柔道家として目覚めていくという特異な原作を忠実に再現できる逸材として光った。
クリスタルエデンはそこから大手芸能事務所としての可能性を広げる。彼女のブレイクを機に入社志望の者はみるみる増えた。タレント養成所も設立し、吉原よりも善良な事務所として会社名を世に広めていったのだ。
その吉原が窮地に追いこまれた。
松薔薇太志の裁判敗訴と自殺の件より。瞬く間に。
テレビ局が吉原の株を売り払いだした時に真っ先に買おうとクリスタルエデンは動きだした。
世間はそうなるだろうと特に若い世代は思っていたが、そう簡単にはならない。
理亜奈はマンションに内在するコンビニで買い物をしながら想いに耽る。
今、この状況におかれた賢治はある意味で性加害疑惑に追い込まれた松薔薇に似ているのではないかと。