~第2幕~
クリスタルエデンが吉原買収を宣言する前日のこと――
伊達賢治は大手音楽レーベルV-Bex社長の華崎鮎美と会食をしていた。
「明日、発表するのだって?」
「ええ。そっちもロシアのロックバンドといちゃもんがあるようで」
「ロシアじゃないわよ。イギリス人。もうっ……人を嫌な気持ちにさせるわね」
「ふふ、僕らの十八番ですよ。そういうのは」
都内高級ホテルのフランス料理店で2人は食事を共にする。
「あなたって漫才ではあんなにふざけているのにフランス料理店のマナーはちゃんとしているのね」
「あれからちゃんと勉強したのですよ」
「あら。そう」
「それで? 何で僕を招待されたのです?」
賢治はサラダを一切れ食してワインを口に運ぶと率直に尋ねた。
この会食は華崎のブッキングで組まれたものだ。
華崎と言えば音楽フェス最高峰メテオシャワーフェスの裏の主催者と言われている。
そんな彼女が彼を人目を忍んで密会に呼んだのは何か企みがあるからだろう。
そう、彼は読んでいた。
「別に。これから凄い事をやろうとしている男とご飯食べてみたかっただけよ?」
彼女は悪気のない笑みを浮かべながら高級肉料理を口に頬張る。
「私たちの業界じゃあ、あなたはポスト松薔薇太志の最有力候補ですものね」
「僕は今じゃテレビにほとんど出ていませんよ?」
「出てくれって言われたら?」
「………………」
彼は無邪気に髪をクルクルまわす彼女を見つめる。いや、睨みつけると言った方がいいか。
「ふふ、腹が立ったかしら?」
「少しは」
「少し?」
「だいぶって言ったらどうされるつもりでした?」
「それを含めて貴方を見物していたわ」
「なんか分からないですね」
「何が?」
「僕を何でこんなところに呼びだしたのか。まるで目的がみえない」
「言ったじゃない? これから凄い事をやろうとしている男をただみたかっただけと」
「こんなところにわざわざ呼んで?」
「人目に触れるところだと私も貴方も困るでしょう?」
「そりゃあそうだけど」
「でも、ごめんね。貴方って思ったほど怖くないのね?」
「怖い男だと思っていたのですか?」
「うん。底知れないものがありそうな。私ね、ドーンタウンがMCの音楽番組にでていた事があるのだけど、打ちあげでも松薔薇さんと一緒に色々話したもので……テレビの裏側でも面白くて優しい人だった。でもね、怖かった。なんか飲みこまれてしまいそうで」
「ナンパでもされたのですか?」
「当たり前じゃない。私ってば美人でしょ? でも私には恋人がいた」
「つまり飲みこまれなかったと?」
「そう、でも半端な女じゃ彼の獲物になりやすいのはなりやすいのでしょうね。でもさ、貴方の松薔薇さん提言って動画が一昨年あったじゃない?」
「あぁ~ははは、観られたのですね?」
「ちょっと貴方にも怖さを感じた。私ってね、そういうホラーが大好きなのよ」
「どういうホラーですか」
「人間を飲みこんじゃうような人間。それが大好きなの」
「変わっていますね」
「だけど偉そうな事は言いたくないのだけど……今日のあなたは全然怖くない」
「はい?」
無邪気に高級フレンチを食べる女の目つきが変わった。
「人を喰うつもりがあるなら。喰いつくすつもりでやりなさい」
野獣の眼。
その顔をみて彼は小学生の時にライオンがシマウマの生肉を食いちぎるVTRを思いだす――
間もなく彼は「御馳走になりました」と彼女に恐れ慄いて店を後にした――