「実は俺、茹で卵萌えなんだ」(CV:杉田和智)①
「この間、お前が帰った後、アリスを慰めんのが大変だったんだぞ。あんな男のところにお嫁に行くのは嫌です、筋肉がついちゃう、腹筋が割れちゃいます、って、アリスが泣くんで大変だったんだ」
ヴィエルのその言葉を聞いたモブたちの間から、ヒソヒソ、クスクス……というような声が聞こえた。
ゴゴゴゴ……と音がしそうな勢いで、ロイドの頭に血が上り、顔面が真っ赤っ赤に変色してゆく。その反応を見ながらヴィエルは更に言った。
「どうせお前ん家のことだから、三度三度のメシは鳥のささみと茹でブロッコリーとかなんだろ。朝から晩まで筋トレ筋トレ、お菓子も間食も一切ダメ、誰が何が楽しくてそんなところに嫁に行くってんだよ。あとなんとなく、家のどこにいてもボンヤリ汗臭そうだし」
「き、貴様……! よっぽどバルドゥール家をコケにしたいようだな……!」
「客観的事実を述べてるだけだよ。あとぶっちゃけた話、三割ぐらいは図星なんだろ?」
「ふざけるな! いくらウチだって鳥のささみと茹でブロッコリーだけで一年暮らしてるわけがないだろうが!」
ロイドは躍起になって大声を上げた。
「ちゃんとウチだってゆで卵ぐらい三度三度食ってるんだぞ! 低カロリー高タンパク、理想的な食事だ! どうだ、割といいメシだろうが! 恐れ入ったかコノヤロー!!」
瞬間、モブたちの間から聞こえたクスクスの声が倍ぐらいになった気がした。それを聞いて、ロイドは慌てたようにモブたちを見た。おろおろと狼狽える中、モブたちの間から「ゆで卵って……」と聞こえると、何を笑われているかわからないらしいロイドが目線を泳がせて激しく動揺した。
ここだ。糸目をくわっと見開き、ヴィエルは木剣を振り上げた。
「隙あり! いっぽぉぉぉぉぉぉん!!」
気炎を吐きながら地面を蹴り、ヴィエルはロイドに向かって突進した。よし、今のロイドは完全に隙だらけだ。これを喰らわせれば勝負アリ、もらった――! その確信を胸に、ヴィエルはロイドの顔面に向かって思い切り木剣を振り下ろした。
瞬間、ロイドがスイ、と足の位置をずらし、最小限の動きで木剣を躱した。うぇ――!? と驚くヴィエルの身体が体勢を崩したのと同時に、ロイドの木剣がヴィエルの後頭部をしたたかにぶっ叩いた。
ぐぇ――! と潰されたカエルのような悲鳴を上げながら、ヴィエルは再び錐揉み回転で吹き飛ばされた。たっぷり五メートルも地面を転がってから、ヴィエルはようやく顔を上げた。顔を上げたヴィエルに、ロイドが呆れ顔で告げる。
「やれやれ、流石にこれは誰でも挑発だと気がつくだろうが」
「くっ――気づいてたのか! 脳筋に見えて意外にクレバー……! 今度はキョン君モードかよ!」
「何を訳の分からんことを言ってる。本来、戦は力でやるものではない、頭でやるものだ。この頭突きで鋼鉄をも凹ませる……それがバルドゥール家の漢だ」
頭を使うってそういう意味じゃないんじゃないかな? と思ったけれど、そのときには流石にツッコむ余力も残ってはいなかった。全身についた土埃をはたき落とすこともなくよろよろと立ち上がると、ヴィエルの身体にモブたちの嘲笑の視線が次々と突き刺さった。
「オイ、見ろよ。アンソロジューン家の息子が土まみれだぜ」
「国内最有力の貴族の子弟なのに弱いわねぇ」
「あんなにボロボロになって恥ずかしくないのかしら?」
「バルドゥール侯爵の倅に敵わないんじゃ面汚しもいいとこだな」
「聞いた? あの男、妾腹らしいわよ? 姉とは半分しか血が繋がってないんですって」
うるさい――うるさい。
黙れ黙れ黙れ。
不意に――ヴィエルの腹の底に、自分のものではない、誰かの声が聞こえた。
その声はまさに悪魔の声――底知れぬ憎悪と、癒えることのない痛みを抱えた声だった。
「どうせそこらの女が財産目当てで産んだ子なのよ」
「お情けで貴族やってるだけで本質は野良犬と大差ないわね」
「アンソロジューン公爵が認知しなきゃ今頃ゴミ漁りしてたのよきっと」
「妾腹ってイヤねぇ、優雅さも品性もなくて」
「おまけに強くもないんだったらないない尽くしだな」
有利――葛西有利、お前は悔しくないのか。
これだけ無様を晒すお前に、本当に「俺」の代わりが務まるのか。
誰だ――誰だ、頭の中に呼びかけるこの声は。
そろそろ完結させます。
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