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「生殺与奪の権を他人に握られちゃった!!」(CV:櫻井ヒロ)

「いい? よく聞いて。このままだと私たち、破滅するわよ」

 



 豪奢な金髪をきらめかせながら、アストリッド――もとい、”千鶴姉ちゃん”は宣言した。


「とにかく、私たちは今や悪役令嬢と悪役令息――二人ともストーリー後半になって主人公たちを裏切り、返り討ちに遭って死ぬ役割よ。しかも全ルートでね」


 二年後に死ぬ――正直、全く実感が湧かない言葉だった。


 それはその宣言を聞いた『彼』の頭の中をふわふわとティッシュペーパーのように漂うだけで、数年後に差し迫った確実な破滅を実感させてくれる程ではなかった。


「そこで、私は考えた。折角こうして生まれ変わったのにまた死ぬなんて嫌だものね。夜も寝ないで昼寝して、それこそ色々と考えた」


 フゥ、とアストリッドはため息をつき、じろりと『彼』を見た。


 その顔は見慣れたいつもの姉の顔ではなかった。これぞ悪役令嬢のそれと言える、本人の中の融けない氷を連想させるような、ぞっとするほどに冷たい美貌だった。


「正直、確実とはいえないわ。私だってこの世界でそんなことをしていいのかはわからない。でも、現状私たちが生き残るためには、この武器を活かすしかない」

「武器?」


 『彼』は思わずオウム返しに訊ねた。


 そうだ、というように美しい姉は深く頷いた。


「そう、私たちに残されたたったひとつの武器。それが――」


 アストリッドは意味深に言葉を打ち切り、こちらに歩み寄ってきた。


 その白魚のような指が――そっと『彼』の喉仏に触れた。

 



「私たちの武器は、あなたのその声――今のあなた、ヴィエル・アンソロジューンの声を務めている声優、櫻井ヒロの声そのものよ」



 

 は――? と彼は思わず呆気に取られて姉の顔を見つめた。


 声? そんなものが武器? この姉は一体何を言っているのだろう。


「ね、姉ちゃん……声って?」

「そう、その声。この声が私たちを救ってくれるかもしれないの。私は真剣よ」

「ば、馬鹿な事言うなって」


 『彼』は盛大に尻込みしながら両手を振った。


「こ、声がなんの武器になるんだよ? そりゃ声優さんの声なんだろうからいい声なんだろうけど――どう聞いても普通の声だろ?」

「普通? 馬鹿ね。その声は立派な凶器よ、ユーリ」


 ユーリ――この世界の彼の名前ではない、彼が日本に住む人間だった頃の名前だった。


 その言葉と目に込められた圧に思わず言葉を飲み込むと、姉は真剣な表情で言い募った。




「『乙女ゲーム界のプリンス』と称されるその声。かつて数多の女だけでなく、数多の男をも篭絡してきた櫻井ヒロの声。それは絶対に普通の声ではない、それはもはや一種の凶器、男も女も見境なく魅了してしまう魔性の声――」




 日本人だった頃の姉のことならば、また妄言が始まったと呆れるところではある。


 だが「千鶴」ではなく「アストリッド」に転生した姉のこの顔で言われると、それはどうしてなかなか一笑に付せない言葉に聞こえるのだった。


「いい、ヴィエル、いや、ユーリ。今から言うことをよく聞いて」


 アストリッドは意志が燃える目で言い聞かせた。



 

「あなたはこれから、悪役令息ヴィエル・アンソロジューンとして、あなたと私を殺そうとする攻略キャラクターたちと愛を育むの――その魔性の声を使ってね」



 

 愛、って――!? 


 『彼』――ヴィエル・アンソロジューンは大げさに顔をしかめた。


「ば――馬鹿な事言うなって姉ちゃん! こんなときに脳みそ腐らせてる場合じゃないだろうが!」


 ヴィエルは姉の華奢な肩を掴み、正気に戻れというように強く揺さぶった。


「俺たち二年後には殺されるんだろう!? それがわかってるならさっさと逃げようよ! 死ぬのがわかっててこんなところにいていいわけがないだろうが!」

「逃げられるわけないじゃない。ここは乙女ゲームの世界よ? 私たちがいなくなったらストーリーが進行不能になって世界そのものがぶち壊れるかもしれないわ。あくまで舞台そのものから逃げる訳にはいかないのよ」


 ぐっ、とヴィエルは反論する言葉に詰まった。その隙間にねじ込むようにしてアストリッドは畳み掛けた。


「いい? 私は決して乙女脳や腐女子脳でこんなこと言ってるわけじゃない。あなたは魔法学園の、主人公の少女を巡る男たちの戦いの中で殺される――ならばそれから逃れる方法はたったひとつしかない。あなたを殺そうとする人間に殺さないでと訴えかけるしかないのよ」


 姉の目は確かに真剣だった。少なくとも、ヴィエルには真剣に見えた。

 ヴィエルは押し黙ったまま、姉の言葉を聞いた。


「幾ら乙女ゲームの攻略キャラである彼らでも、親友以上の関係になったあなたを手に掛けたりはしない、しないと思う、しないと信じるしかない。あなたも私も、現状ではその可能性に賭けるしかない――そうでしょう?」


 アストリッドの声はあくまで説得する声ではなく、それが最善だと理解を促す声だった。


「それに、別に本当に男同士で恋人になれってんじゃないわ。抱き合ってチューするだけが愛じゃない。ただ、あなたを殺したくない、って思わせる程度に関係ができればいいの。あなたの人をたらし込むその声なら出来る、絶対にそれが出来るわ


 ヴィエルは顔を俯向けた。


 俯向けてから――姉の顔をもう一度見た。


「姉ちゃん」

「何?」

「一応確認しとくけど――本当にそれが最善なんだな?」

「もちろん」

「失礼かもしれないけど、本当に腐女子脳で言ってるわけじゃないんだよな?」

「当然だろ」

「本当の本当だな?」

「賭けてもいいわよ。『マジプリ』の初回限定版ディスクとかね」

「いらねぇよそんなもん――ハァ、本当に、俺のこの声なら、その、男相手でも大丈夫なんだな?」

「大丈夫大丈夫、絶対に篭絡できるわ。男でも女でも、その声ならね」


 姉は得意げに笑った。その笑みの邪悪なることは正しく悪役令嬢のそれ――この乙女ゲームの世界、『妄執と欺瞞のCinque(チンクェ)』、通称もぎチンとかいう、ふざけたタイトルの乙女ゲームの巨悪そのもの。果てしない企みと謀りごとを思わせる、不敵な笑みだった。


「覚悟を決めなさい。今のあなたはもう葛西有利じゃない。『妄執と欺瞞のCinque』、通称もぎチンが誇る裏切り者――悪役令息ヴィエル・アンソロジューンなんだからね」


 ヴィエルはこれぞ乙女ゲームの攻略キャラといえる、美しく端正な顔でため息をついた。


 長い長いため息だった。


 全身が萎んでしまうかのようなため息が終わって――。


 ヴィエルは、相当無理矢理に運命に抗う覚悟を決めた。


「わかったよ、姉ちゃん。俺たち二人で絶対に生き延びよう。俺たちは絶対に死なない、そうだよな?」


 ヴィエルは姉の手を取った。


 アストリッドは笑い――それから、少し迷ったような表情で口を開いた。


「あのさ、ヴィエル」

「何?」

「一回でいい、一回でいい、もう二度と頼まないからさ」

「うん」


 アストリッドの美しい顔が、その瞬間、盛大に崩壊した。

 



「『愛してるよ、千鶴』――って言ってみてくれない? その顔とその声で」



 

 その途端、トロトロに緩んだ姉の唇からドブッとよだれが噴き出したのを、ヴィエルは見逃さなかった――。





随分ご無沙汰してしまい申し訳ございませんでした。

久しぶりに大型連載小説をやってみようと思います。

異世界転生モノなのでどこまで行けるかわかりませんが

とりあえずネタの斬新さだけは間違いないと思います。


ということで、


「面白そう」

「続きが気になる」

「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

何卒よろしくお願い致します。

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