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俺と紅音のガーディアン生活 ーエラーが起こった世界で生きるー

作者: 岩瀬 航
掲載日:2023/05/08

 五十年前、世界中で生物の突然変異が起こった。不可解な生物の巨大化、凶暴化による現象が世の理から逸脱しているとして、突然変異で変貌した生物らは『エラー』と総称された。

  

 国家の崩壊と滅亡が頻繁に発生する中、とある国で不思議な能力を持つ子供が発見された。以降、世界中で不思議な能力を持つ子供が急増した。彼らの能力を『魔法』、魔法を行使するための構成要素を『魔力』と呼んだ。

  

 彼らは体内に魔力を秘めており、それを魔法として放出することができた。研究の結果、その魔法をエラーにぶつけることで、エラーの姿が元の生物に戻ることが明らかになった。エラーへの対抗手段が発見されたことで、世界中で魔法の開発、研究が急ピッチで進められた。

  

 魔法を実践レベルで行使できるようになると、人員を確保した国家からエラーに対抗するための組織が誕生した。その組織のメンバーは『ガーディアン』を自称し、その名称は世界共通語となった。彼らの活躍によって、人類は少しずつ元の日常を取り戻すきっかけを得たのだ。

  

 それから三十年。多くの国家でガーディアンが増加したことで、先進国と発展途上国の主要都市を中心にある程度の平穏を取り戻しつつも、エラーの脅威に怯える日々は未だに続いている。



  

 七歳の時、鍵谷新(かぎやあらた)は幸運にも魔力が発現した。当時はまだ将来への期待に胸を膨らませる幼い子供だった。幼馴染みの堀井紅音(ほりいあかね)との下校途中、犬型のエラーに遭遇した。周りがパニックになって一目散に逃げるなか、紅音は誰かにぶつかって転倒し、逃げ遅れてしまった。その時は必死だったため、小学生ながら俺はエラーと紅音の間に立ち、落ちていた小枝をエラーに向けて対峙し、こう言い放った。

  

「紅音は俺が守る!」

  

 小枝を一心不乱に振り回すも、エラーは一切怯まず俺を襲ってきた。やけになって小枝を投げたところ、たまたまエラーの目に当たってのけぞって倒れた。その間にやってきたガーディアンがエラーを沈静化した。結果的に俺と紅音は無傷だった。

  

 その日の夕方。紅音と二人で並んでの帰宅途中、紅音は思い出したように小さく声を漏らし、俺を覗き込んできた。

  

「ねぇ新、今日、私が転んだ時にさ」

  

 紅音がかなりにやついている。あの時に言い放ったセリフは間違いない、今思うとかなり恥ずかしいセリフだ。少し誤魔化そう。

 

「え?なんのことかな」

  

「なんか、紅音は俺が守る!って聞こえたんだけど」

  

「…………」

 

「顔赤いよ?」

  

「意地悪」

  

「あはは、ごめんごめんって」前を向き直して続ける。「でも、凄く格好良かったよ」

  

 一瞬の静寂。夕陽は沈みかけており、既に一番星が光っている。紅音はその一番星を指差し、こう続けた。

 

「次は、私が新を守るよ」

  

 紅音は満面の表情を浮かべていた。                 

 


 

 程なくして、紅音も魔力が発現した。幼馴染み二人で小型のエラーを倒しまくったことで、ガーディアンコンビとして有名になった。


 だが、どんどん実力を付けていく紅音とは対照的に、俺はガーディアンとして成長することはなかった。  




 

 中学三年の夏。進学先の高校があらかた決定し、各々が受験勉強を本格化させていく勝負の時期。そんなある日の昼休み、担任の高橋先生に呼ばれ、空き教室で進路指導を受けていた。まだ第一志望の高校を決めていないので、取り敢えずその場しのぎな回答をしよう。

 

「私立に進学できるほど余裕ないですし、近くの公立高校かなと考えていました」

 

「第一ならここから近いし、そこそこ偏差値も高いし、いいかもね。まあ、鍵谷くんなら優秀なガーディアンになれると思うんだけどね」

 

 高橋先生は短い溜息を吐きつつ、頭をかいた。そうは言われてももうガーディアンになろうとは考えていない。

 

「固有魔力がないガーディアンだと、年収も限られるじゃないですか。それならガーディアン以外の職業のほうがいいと思うんですよ」


 魔力には基本魔力と特殊魔力の二種類がある。

 

 基本魔力はガーディアンの才能がある全員が持つ。その魔力を特攻武器という、武器の形をした魔力増幅機を介して戦闘に用いる。

 

 固有魔力はガーディアンの五人に一人が発現すると言われる魔力だ。基本能力とは異なり、それぞれで異なる魔力を放出できる。発現する固有能力は千差万別であり、この固有魔力に目覚めるかどうかが一流のガーディアンになれる最低条件と言われている。

 

 紅音は十二歳の時、この固有魔力に目覚めた。電撃を操る魔法を使用できるようになった紅音は一気に有名人となった。それ以降、エラーと対峙する時、俺は補助役に回るようになった。固有魔力の発現を待ちながら。


 待ち続けてもう三年経つけど。

 

「正直そうなんだろうけど、一年の頃の君を知ってる身からするとね」 

 

 高橋先生は一年の頃から三年連続で俺の担任を勤めた五年目の若手教師だ。独身で身なりも整っていることもあってか、女子からの人気が高い。婚活している様子もないが、何故なのか聞いたことがあった。その時の返答がこれだ。

 

『実は小学生の時に固有魔力に目覚めてからはガーディアンを目指していたんだ。大学生になってもガーディアンの仕事をしててね、それで遊ぶ時間が無かったんだ。結局教師になる夢を選んだんだけどね』

 

 当時はかなり驚愕した。ガーディアン経験がある、それも固有持ちの人が普通の教師をしているとは思いもしなかった。この中学校でガーディアン経験がある教師は高橋先生のみであったため、当時からエラーを討伐していて有名人だった俺と紅音の面倒を押し付けられてきた結果、三年連続の縁となったわけだ。

 

 そんな先生だからこそ、才能がある二人にはガーディアンになってほしかったという思いが強かったんだろう。紅音の固有魔力が発現したときは滅茶苦茶喜んでいたし、俺が固有魔力に目覚めることがなくても常に気にかけ、励ましてくれた。

 

「第一高校を受験すると決めたなら頑張ってね。大丈夫だとは思うけど、第一高校は偏差値がそこそこあるから、今は受験勉強に集中してね」       




 その日の放課後。俺はたまたま校門前で見つけた紅音と二人で下校していた。

 

「それで、結局第一に行くの?」

 

「まだ行くとは決めてないよ。他に行きたい高校が見つかったらそっちに行こうかなって考えてる」


「そうなんだ」紅音は視線を前に向けたまま続けた。「東南高校に行こうと思ってるんだ」

  

「そっか」俺も視線は変えずに返答した。「いいんじゃないか?名門校だし、特待の話も来てたところだろ?ちょうどいいと思うよ」

  

 東南高校はガーディアン養成課程のカリキュラムをもとにした指導の認可を受けている八つの高校のうちの一つだ。そのため、校内設備がかなり充実している。


 さらに、八つの高校は優秀な学生の激しい争奪戦を繰り広げているため、特待生制度はかなりのものだ。学費から寮費、生活費、参考書代、ガーディアンに必要な装備一式の費用、挙句の果てには大学受験にかかる諸費用まで、学生生活に関わるものは全額負担してくれるという超高待遇だ。


 至れり尽くせりじゃないか。もし俺が紅音と同じく特待の話を受けるくらいの実力を有していたなら間違いなく飛びつくだろう。それでも紅音は迷っていた。理由は分からないが、贅沢な悩みだと思ってしまった。

 

 紅音は一瞬躊躇いのひょうょうを浮かべつつも、意を決して俺の方を向き直した。

  

「もし迷ってるならさ、一緒に東南に行かない?」


 東南高校への進学。あのガーディアンの中でも優秀な学生が多く集まる名門校の東南高校。


 過去の俺だったら躊躇いなく首を縦に振っていただろうが、今はそんなに自惚れていない。一呼吸空けて、紅音の方を向いた。

  

「俺の実力じゃ、東南は合格できないよ。それに、学費だって馬鹿にならない」


 ガーディアンとしての高等教育を受ける生徒はそれ相応の実力が求められるが、俺がそれ相応の実力を持っているかと言われれば、首を縦に振ることはできない。

  

 また、特待生の紅音であれば学費はかからないが、そうではない一般受験の生徒は私立大学に匹敵するほどの学費がかかる。各種補助金を利用すればある程度は賄えるが、それでも学費が高いことには変わりない。大学進学を考えたら、もう少し支出は減らしておきたい。

 

「紅音」俺は半ば達観したような、中学生らしくない声で続ける。「もう子供じゃないんだ。俺は一流のガーディアンになれないことくらいわかってるよ」


「そんなこと――」


 紅音は少し何かを言いかけてるも、今度はそれを口に出すことはなく、口を硬く結び、ただ俯くことしか出来なかった。二人の間に静寂が訪れる。空気も、足取りも重い。


 赤信号で足が止まった。沈黙が自動車のエンジンで打ち消されたところで、改修中のコンビニに目を向けた。


「あ、ノート買わなきゃ」


 俺の独り言を聞いて、紅音は何かを思い付いたかのような表情を浮かべた。    


「そうだ。ね、今週の土曜日、一緒に出かけない?」

 

「土曜日?特に予定はないから問題ないけど」


 紅音は口元を緩ませて人差し指を俺の顔に向けながら、

  

「じゃあ決定!ちょっと暗かったからね、リフレッシュしよう!」

 

「ノートを買う以外、どこに行くか決まってるのか?」

 

「それはついてからのお楽しみ、ってことで」

  

  


 夜、俺は机の整理をしている途中、勉強道具の山に紛れた拳銃型の武器を手に取った。

 

 俺が持っている特攻武器は拳銃型の『魔弾銃』。魔力を込めて魔力弾を生成する他は普通の拳銃と大差ないが、魔力弾自体はエラーにしか効かないため、一般人でもガーディアン本人に限り、所持と携帯を許可されている汎用的な武器だ。

  

 俺は魔弾銃を手に持ったまま、教材の山を見つめる。壁にかけている時計の秒針の音がやけにうるさい。


 秒針が三周したところで魔弾銃を鞄に入れると、今度は教材を手に取り、机の上に広げた。

 



 土曜日の朝。俺と紅音は遠出をするため、電車に乗っていた。当日になっても行き先を教えてくれなかったので、いささか不安だ。

 

 週末ということもあって、どこも人で一杯だったが、本人はさして気にしていない様子だ。それよりも、紅音がいつもと比べて落ち着きがないように見える。何か早く目的地に到着したい理由があるのだろうか。

 

「今日は受験のことを忘れて、思いっきり楽しむぞい」


 隣で紅音が両手を体の正面で握りながら何か言っている。特待のくせに。それにしても、


「最初はノートを買うだけのはずだったのに、何で電車に乗ってるんだろ」


「いいじゃん、たまには遠くへ行かないとね」

 

「遠くへ行くのはいいけど、行き先を知らないのが怖いわ」

 

「だって、言ったら断られるもん」


「そんな場所につれてくなよ、それに断らないし」

 

「嘘、絶対断ってた。ない予定を入れて断ってた。一番新歴が長い私がそう思うから絶対そう。と、そろそろ降りるよ」

 

 池袋に到着するアナウンスがなされたところで、紅音の表情が変わった。さながら戦場へ向かう兵士のように真剣な表情になったのを確認して、俺はおおよその目的地を察した。



 

「やっぱりじゃねえか!!」


 紅音と俺は、池袋にあるかの有名なお店に到着した。


「今日はあの植木先生のサイン会なの!ついでにたくさんグッズを買うの!」


 紅音は俺に言い訳を言いながらもその高くなったテンションを隠しきれていない様子だ。

 

「植木先生?」

 

「知らないの!?あの近世上等江戸桜の植木先生だよ!」


 驚愕の表情を浮かべながら、勢い良く俺に寄ってきた。これがガチ恋距離か。しかし、植木先生は知らなかったが、近世上等江戸桜というのはクラスメイトが話していたのを聞いたことがあった気がする。やけに声が大きかったから、記憶の片隅に保管されていたようだ。

 

「それって、若い世代の腐ってる女子に人気のアニメだっけ」

 

「そう!その原作漫画家の植木先生のサイン会の抽選にあたっちゃってさ。え、腐った女子って」

 

「へぇ、すごいな。腐ってるやんけ」

 

「すごいなんてもんじゃない!!!倍率なんと百倍以上と言われるほどの厳しい関門をくぐり抜けて初めて参加できるのが植木先生のサイン会なんだよ!その凄さをわかってほしい!!あと腐った女子って言い方!!!」

 

 周りにいた(腐った)女子たちが共感するようにうなづいている。ある女子たちは恨めしそうに紅音を見ていルガ、決して彼氏彼女の関係ではないことだけは理解してほしい。ここにいるのは腐った女子とパシリだけだ。

 

「で、何だっけ、その「近世上等江戸桜」そうそれ、のサイン会に来るだけなら、俺は付いて来なくてもよかったんじゃないか?」

 

「――そこに、気付いちゃいましたか」


「言い方が腐女子のそれ」


「あー遂に腐女子って言った!!!!良いけどさ!!!」


 良いんかい。

 

 だが、紅音歴が長い俺なら理解できる。きっと俺が来た理由は――

 

「「荷物持ち」」

 

「ごめん!ほんとごめん!!買いたいものがたくさんあるんだよー!受験前に買いだめしときたくて!」

 

「特待ならいつでも来れるでしょうが!!」

 

「母さんが『先取り学習のために塾通いさせます。高校入学前からもう大学受験は始まっているんです』なんて言ってるんだよ!ガチガチに管理してくるに違いない!!」

 

「あ、それはご愁傷様。今日くらいは荷物持ちでいいよ」

 

「ありがたいけど憐れみの視線を向けてくるのはやめて!」



 

 サイン会の時間になった。紅音はサイン会の当選メールを所持しているファンのみが入れるイベントスペースのフロアへ向かった。その間、俺は一人で他のフロアを探索することになった。

 

 こういう場所には初めて来たが、思っていたよりずっと多くの人で賑わっている。客層は若い女性が中心のようで、女性向けの商品の方が充実しているようだ。その中でも、女性向けの商品ばかりが売られているフロアがあった。階段からチラッと覗いてみたが、見事に女性ばかりだった。


 その中で、男性が一人でいるのを見つけた。が、どうみてもあれは。

 

「高橋先生じゃん」

 

 そう思っていると、ふと見上げた高橋先生と目があった。会釈をして立ち去ろうとしたが、高橋先生が右手を振ってきた。仕方なく、フロアの女性陣、もとい腐女子共の視線を集めながら、高橋先生の元へ向かった。


 高橋先生は手に持っていた雑誌を棚に戻した。近世上等江戸桜の文字が見えたが、先生もその作品に興味があるんだろうか。

 

「鍵谷君じゃないか。どうしてこんな所にいるんだい?」

 

「ちょっと友達と気分転換に来てました。そういう先生はどうしてここに?」

 

「少し野暮用があってね、ついでに立ち寄ったんだよ。それにしても、なんとも興味深い。こんなに男性どおしの恋愛作品が存在するなんて」


「――え、先生ってそっちの趣味が」

 

「違うんだ、ちょっと聞いてくれないか。私がここにいる理由は――」          


 高橋先生が言い訳しようとしたその時、何やら外が騒がしくなった。

 

 次の瞬間。


『きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!』


 店舗に大勢の人が悲鳴をあげながらなだれ込んできた。何かから逃げてきたようで、とにかく上のフロアへ避難してきた。人々は恐怖に怯える表情を浮かべていた。

 

 続けて、緊急アナウンスが鳴った。

 

『中池袋公園にてエラーが発生しました。今すぐに避難をお願いします。繰り返します――』

 

 店内にもパニックが一気に伝染していった。


「先生!店内の客の避難誘導をお願いします!」


「鍵谷くんは!?」


「外でエラーの対処をしてきます!」



 

 店外に出て公園にいるというエラーを確認した。狼のような見た目でだが、問題はサイズ。多くのエラーは全長一メートルから三メートルの小型種が多いのだが、今回のエラーはそれより明らかに大きい。高さがビル四階ほどもある。ただでさえ巨大なエラーが、決して大きくない広場の中央に鎮座している。となるとこのエラーは、

 

「グランウルフ。何でこんなところにいるんだ」

 

 グランウルフ。カナダ北部で確認された、狼のボス。巨大化した身体は固有魔法で攻撃しなければならないほど強靭に進化している。日本では確認されたことがないエラー、というより日本にはもう狼がいないため、そもそも確認されるはずがない。


 しかも、こんな都心に、単体で現れるはずがない――!


 そう言っていてもは事態は収束しない。暴れ出して周辺に被害が及ばないように立ち回るのが先決だ。それに中型種となると、固有魔力持ちのガーディアンでなければなかなか討伐できないと言われているだけに、俺だけでは対処しきれない。

 

 だが周辺にいる、固有魔力持ちのガーディアンはおそらく紅音しかいない。紅音はイベントフロアにいるから、ここまで来るのに時間を要するだろう。              

 

 動き出したらどれだけの被害が出るかわからない。もうやるしかないか。

 

「紅音が来るまでの時間を稼ぐしかない――!」

 

 バッグから魔弾銃を取り出し、グランウルフと正対する。

 

「しばらく大人しくしてくれよ」

 

 だが、そんな時に避難途中の一人が、グランウルフに向かって何かを投擲した。

 

「馬鹿――!」

 

 瞬間、眩い光で周囲が照らされた。衝撃を与えると強い光を発して視界を奪うスタングレネードだ。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオン」

 

 グランウルフは咆哮をあげた。それを聞いた一人の男が、高らかに宣言した。

 

「俺だってガーディアンの端くれだ!俺に任せろ!」

 

 周囲はその男に注目し、歓声をあげた。これで助かると思っているようで、また人だかりができてしまう。男は続けて魔弾銃を取り出し、攻撃を仕掛けた。

 

 銃弾は左後脚に命中したが、びくともしない。それどころか、ひどく興奮した様子で足を後ろに蹴り上げ、男に攻撃した。

 

「がっ」

 

 そのままコンクリートを転がり、男は気絶した。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 

 グランウルフは咆哮をあげ、周囲を威嚇した。状況が元通りになったことに気付いた人からまたパニックになった。その悲鳴に驚いたエラーが、今度は民間人に攻撃を仕掛けようと右前脚を上げた。

 

「やばい!」

 

 咄嗟にグランウルフの左前脚に攻撃を仕掛ける。通常弾ではダメージはないが、注意を引くことはできた。グランウルフは攻撃を中止し、こちらに注目した。これであとは避難誘導をすれば完璧だ。

 

「早く逃げてください!なるべく遠くに!」

 

 俺が出てきたことで、ある程度の安心感を得られたのか、パニック状態の人々が減ったようだ。それから程なくして、紅音が外に出てきたのが見えた。 

 

「新!ちょっと遅れた!」

 

「大丈夫だ!相手はグランウルフ!紅音の電撃で牽制してくれ

 

「了解!」

 

 紅音が合流したことで、ここからはグランウルフに有効打を与えられる紅音を中心に討伐ができる。俺は民間人の避難が完了し次第、紅音のサポートに回ることにしよう。紅音は電撃を放ち、グランウルフに攻撃する。今度は紅音にグランウルフがヘイトを向けた。その間に民間人は建物の物陰に避難したようだ。

 

「紅音!」

 

「オッケー!」

 

 俺と紅音はグランウルフの足元を縦横無尽に駆け回り、都度両左脚の関節部を攻撃する。紅音が攻撃した部分は電撃で少し傷ついており、俺の攻撃も通るようになっていた。

 

 何度も何度も繰り返すうちにグランウルフは体勢を崩した。紅音はグランウルフの正面に立ち、電撃銃を構え、電撃をチャージし始めた。

 

「これで決める!」

 

 グランウルフは立ち上がろうとするも、左方の脚に力が入らないようで、再び体勢を崩した。十分すぎる隙が生まれた。紅音はトリガーに触れる指に力を入れ、

 

「チャージショット!」

 

 太い光線のような電撃をグランウルフの顔面に目掛けて放った。ウルフの全身を電撃が駆け巡り、ウルフは悲鳴を上げながら倒れた。

 

「これで終わり?」

 

「いや、何かおかしい」

 

 グランウルフが元の狼に戻らない。紅音の攻撃で十分なダメージを与えたはずだ。グランウルフの状態を確認をしようと近づいたその時、いきなりグランウルフが立ち上がり、咆哮を上げながら、傷ついて動かないはずの左前脚を振り上げた。


 唐突な攻撃に反応が遅れてしまった。もう間に合わない――――――!


「新!!!!!」


 


 何が起こったのか分からなかった。

 

 グランウルフは元の狼の姿に戻っていた。

 

 俺は背中に若干の痛みを感じるも、目立った怪我はしていない。

 

 だが、紅音は、


「紅音―――?」


 目の前で倒れていた。

  



 その日の夕方、俺は病院にいた。エラーとの戦闘後、大事をとって検査を受けていたからだ。

 

「特に異常はありませんでした。コンクリートに打ち付けた背中も打った後もないので、今日はこのまま帰宅しても問題ありません」

 

 担当の医師からそう告げられるが、安堵は一切しなかった。

 

「お連れ様ですが、いまだに意識が戻りません」


「そう、ですか」

 

 戦闘後、紅音は緊急搬送された。

 

「出血多量のため、ショックで意識を失ったと考えられます。腹部に外傷を負ったため、傷跡が残る可能性もあります」

 

 紅音は俺を庇ったことで大怪我をしてしまった。いつ目を覚ますかわからない。目を覚ましたとしても、後遺症があるかもしれない。東南高校の特待生の話も流れてしまうかもしれない。全てが台無しになってしまうかもしれない。

 

 俺が油断したせいで。俺の、せいで。

 

「それでも、命に別状はありません。しばらく安静にしていれば完治するでしょう」

 

 医師は項垂れている俺を見て、少し優しい声色に変えた。

 

「あなたは悪くありません。今は、彼女が目を覚ますまで隣にいてあげてください」



 

 次の日、俺は病院へ直行したが、紅音はまだ目を覚ましていなかった。陰鬱な感情とは裏腹に、真夏の日差しが病室に差し込み、明るく照らしていた。

 

「そういえば、紅音の好きなフルーツってなんだろ」

 

 今まで長い時間、紅音と一緒に過ごしていたが、意外と知らないことがあるな。

 

 ミンミンゼミのやかましい鳴き声が厚さを増長させる中、扉をノックする音が聞こえた。紅音の両親かもしれないと体が強張った。扉が開き、病室にスーツ姿の女性が入室してきた。茜の母親ではないみたいだが、一体誰だろうか。

 

「堀井紅音さんの部屋で間違いなかったかしら」

 

「そうです、あなたは?」

 

「私は兵藤美緒。東南高校の校長です」

 

 紅音が特待生として入学する予定の東南高校。その校長がわざわざ休日にやってくるとはおもいもしなかった。 


 それから俺は、昨日の騒動の一部始終を話した。拙い部分もあったと思うが、兵藤さんは最後まで親身になって話を聞いてくれた。話し終えると、兵藤さんは微笑みながら、俺と紅音を交互に見て、口を開いた。

 

「大変だったわね、よく二人で対処したわね」

 

「ですが、結局倒したのは紅音で、その紅音もこんなことになってしまいました」

 

 何もできなかった。そんな自分に嫌気がさす。

 

「都心部で、緊急時に、冷静に対処できるガーディアンは少数です。あなたは十分すぎるくらいの貢献ができたんです」

 

 そう言って、兵藤さんは少し真剣な表情に変えた。

 

「紅音さんについてはこのまま特待生として本校に入学していただきたいと思っています。今は入院していますが、特に後遺症が残る訳ではないことで、他の教師陣も賛成してくれるでしょう」

 

「そうですか――」

 

 安堵、と同時に他の感情も押し寄せてくる。昨日から、いや、その前からずっと抱えていたかもしれない負の感情。それが顔に出ていたのだろう。兵藤さんはそれを汲み取ったようだ。

 

「紅音さんが心配ですか?それとも罪悪感を抱えていますか?」

 

「え?」

 

「心配する気持ちはよく分かります。ですが、罪悪感を抱えることはないですよ。紅音さんは、あなたを守ったんです。感謝こそされど、謝罪されることなんて望んでいない筈です」

 

 俺は無言で俯いていた。返答が思い浮かばなかった。そんな俺を見て、兵藤さんは俺に問いかけた。

 

「紅音さんを守りたいですか?紅音さんは、咄嗟にあなたを庇いました。自分の身をも厭わずあなたを助けました。あなたはそんな紅音さんに恩返しがしたい。今度は自分が紅音さんを助けたい。違いますか」

 

「守りたいです。守りたいですが、私には力がありません。紅音を守るどころか、自分を守ることもできません」

 

「確かにあなたは固有魔力を持っていません。ですが、状況判断能力に長けています。冷静に指示を出すこともできます。実は、昨日の騒動、かなり報道されているんです。当時現場にいた女性がインタビューで言っていました。一人の男の子のおかげで助かったと」

 

 知らなかった。昨日からテレビをつけていなかったから見ていなかった。

 

「あなたはたくさんの命を救ったんです。それは紛れもない事実です。あなたには命を救う力があります。もう一度問います。あなたは、紅音さんを守りたいですか?」


 紅音を見た。小さい頃に俺が守ると約束したはずの女の子に守られた。その代償に、その女の子が大怪我を負ってしまった。約束を破ってしまった。後少しで守るべき相手を失ってしまうところだった。


 もし本当に、俺に命を救う力があるなら。今度こそ紅音を。

 

「――はい」


 兵藤さんは少し口角をあげ、鞄から封筒を取り出して、俺に差し出した。 

 

「この封筒を受け取ってください」

 

 封筒を受け取り、開封した。その中には書類が何枚か入っており、その中で一番手前にある紙を取り出すと、そこには、予想外の文字が記されていた。

 

「特待生特別推薦制度申請書――!?」

 

「改めまして、鍵谷新くん、東南高校に特待生として入学してくれませんか?」




 それから月日は流れ、翌年の三月のある日の朝。俺は、大きく膨れ上がったリュックと修学旅行でしか使ったことがなかったスーツケースを身につけて、玄関で靴紐を結び、玄関のドアに手をかけて言った。

 

「それじゃあ、行ってきます」


 母さんは俺に手を振っている。わざわざ身だしなみを整えて、玄関で見送ってくれるようだ。

 

「いってらっしゃい、寮生活頑張ってらっしゃい」

 

「ん」

 

「それにしても、よくできた孝行息子ねぇ。学費に生活費が一切かからない上に学生寮に行ってくれるなんて最高だわ」                     


「実の息子の前で言うなよ。と、そろそろ時間だから」

 

 玄関を出て、隣の家へ向かい、チャイムを鳴らす。少し間をおいて、慌ただしくする音が扉越しに聞こえてきた。

 

『もう来たの!?今行くから!ああ、もう植木先生の本が入らないんだけど!!』


 声の主はかなり焦っているようだ。厳しい母親を持つの娘の部屋とは思えないほど散らかっている情景が浮かんでくる。


 さて、少しからかってやろうかな。俺が待っている、いや、夏の日からずっと待っていた彼女に聞こえるような声量を出すために息を吸って、

 

「紅音ー!もう行くよー!」

 

『急かすな!!』

 

 桜の開花を控えた快晴の下、二人は新しい日常へと歩みを進めようとしている。その道程はおそらく、


『あれぇ、切符がない!!』


 前途多難だ。

 



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