74.ラストール5 〔ラストール視点〕
時はスティクォンがエルフをスカウトする前に遡る。
イコーテムにスティクォンの捜索を命じてから1ヵ月が経過した。
陞爵に釣られてか貴族どもも皆躍起になって探すも未だ消息は掴めず、その間に国内は更に悪化していった。
余はというと今日も執務室で貴族や国民から寄せられる苦情に頭を抱えている。
「農作物は相変わらず不作か・・・魔物や魔獣の出現が増大して被害も拡大しているか・・・」
送られてくる報告書は悪いことばかり続いている。
市場では野菜が少なくなった一方魔物や魔獣の肉の販売が多くなっていた。
「作物が少なくなって食料難に陥るかと思っていたが、討伐された魔物や魔獣のおかげで飢えの心配が減ったのはありがたいことだ」
とはいえ、魔物や魔獣を討伐する冒険者たちは命懸けであり、苦労して手に入れた手間賃が価格に上乗せされている。
食料の価格高騰に国民たちは悲鳴を上げていた。
「余ですら質素な食事で我慢しているというのに・・・贅沢を知って舌が肥えたのか国民どもは」
スティクォンの【現状維持】により今までは順調だったのが恩恵がなくなった途端に国全体に被害が及ぶとは皮肉なものだ。
「現在の状況は不況というよりもスティクォンが生まれる前に戻ったというのが正しいのだろうな」
余は今と過去の資料を見比べてそう結論した。
「あれから1ヵ月か・・・」
そう呟くと1ヵ月前のことを思い出す。
1ヵ月前───
イコーテムからスティクォンを追放したことを聞いてから数日後、執務室にて今後の方針を考えていると宰相がやってきた。
「陛下、失礼します」
「どうした?」
「実は東に動きがあった模様です」
宰相の言葉に余はまた頭を抱える。
「よりにもよって今か」
「どういたしますか?」
余はしばし考えたのちに宰相に命令する。
「・・・たしかイコーテムの息子であるロニーだったか? あれを第四魔法兵団に異動させてから団全体を東に向かわせろ」
「よろしいのですか? そんなことをすればアバラス公爵が黙っていないのでは?」
「今のイコーテムは己の保身を守るためにスティクォンにしか目が向けられていないだろう。 それに無尽蔵の魔力を失ったのであれば宮廷魔導師団に籍を置いておく意味がない」
「・・・畏まりました。 宮廷魔導師団団長を呼んでまいります」
それだけいうと宰相は一礼して部屋から出て行く。
余は紙を取り出すとロニーを宮廷魔導師団から第四魔法兵団に異動する旨の辞令を一筆する。
書き終わる頃に宰相は宮廷魔導師団団長を引き連れて戻ってきた。
「失礼します」
「よくきたな。 時間ももったいないので早速本題に入るが宮廷魔導師団にいるロニーを第四魔法兵団に異動させる」
「ロニーをですか?」
「そうだ」
団長は少し考えてから口にする。
「お言葉ですがロニーは今調子が悪いだけです。 いずれは元に戻り陛下のお役に立つかと愚考します」
「今までならその言葉も素直に受け入れていただろう。 だが、ロニーの強さは弟であるスティクォンがいなければ発揮されない。 それはお前も理解しているだろ?」
「はい。 たしかに先日のアバラス公爵閣下が謁見した際に同席していたのでその話は聞き及んでいますが、何もロニーを異動させなくてもよろしいのでは?」
余の意見に団長は難しい顔をした。
「お前の気持ちもわからなくもない。 しかし、宮廷魔導師団内で1人でもスティクォンからの恩恵を与えられれば済むことだ」
「たしかにそうですが・・・」
「それにだ、ロニーの態度については余のところにも報告がきている。 これ以上宮廷魔導師団の和を乱し、品位を下げるわけにはいかぬ」
余の強い口調に団長は口を開くも言葉を飲み込んで黙った。
「これは決定事項だ。 わかってくれるな?」
一筆した紙を団長に差し出す。
「・・・陛下の御心のままに」
団長は紙を受け取ると一礼して部屋を出る。
事が済み宰相が話しかけてきた。
「納得していないようですな」
「仕方あるまい。 奴なりに気をかけていたのだろうからな」
余と宰相は閉められた扉を見るのであった。
それから2日後、余は第四魔法兵団団長を呼び出した。
コンコンコン・・・
『失礼します』
余が許可するよりも早く執務室の扉が開く。
入ってきたのは軍服姿の女だ。
「陛下、お呼びにより参上しました」
見た目だけなら余の好みではあるが今は仕事を伝えるほうが先だ。
「突然呼び出してすまないな。 東に動きがあったということで早速だが第四魔法兵団を東の国境近くにある駐屯地への移動を命じる。 何かあればすぐに対応しろ」
「サー! イエッサー!!」
団長は文句も言わず即答すると余に一礼して部屋を出て行った。
それが1ヵ月前にあった出来事だ。
「何事もなければよいのだがな」
気を取り直して次の資料を確認しようとするとノックもなしに扉が開き文官が慌てて入ってきた。
「陛下! 大変です!!」
「何事だ?」
文官はその場で息を整えると余に報告した。
「東の帝国が攻めてきました!!」
「ちっ! この状況で攻めてくるとは・・・イコーテムに連絡しろ。 奴を東に・・・」
文官に命令しようとすると今度は宰相が入ってくる。
「陛下、失礼いたします」
「なんだ? 今、重要な話をしているのだ! 話ならあとに・・・」
余の言葉を遮るように宰相が報告する。
「南の獣の国から武装した大軍が攻めてきました」
「なんだって?! それは本当か?!」
「間違いございません」
東の帝国と南の獣の国が同時に攻めてきたことに余は頭を抱えるのであった。




