71.イコーテム公爵5 〔イコーテム視点〕
時はスティクォンがエルフをスカウトする前に遡る。
スティクォンの捜索から1ヵ月以上が経過した。
ロニーの報告を基に北を中心とした各方面に捜索隊を派遣しているが一向に良い知らせが届かない。
わしはアバラス公爵領にある館でスティクォンが戻ってこないことにやきもきしていた。
「スティクォンは・・・スティクォンはまだ見つからんのかっ!!」
ダンッ!!
食堂の机を手で思い切り叩くとあまりの恐怖からかわしの様子を窺っていた執事長やメイドたちは目を閉じて身体を縮こませる。
「い、未だに見つかっておりません」
わしの怒声に執事長が声を震わせながら応える。
メイドたちも緊張しながらわしを見ていた。
「くそっ! なんで・・・なんで過去のわしはスティクォンを追放などしよったんだっ!!」
自分の浅はかな行動でわし自身の首を絞める結果になるとは誰が予想できようか。
「スティクォンもスティクォンだっ! あの場で授かった能力をすぐにわしに教えれば・・・いや、わしが何の反論も許さなかったのにそれは虫の良い話か・・・」
あの時のわしはロニーやリクルと同じように心のどこかでスティクォンも優良なスキルを手に入れると期待していた。
だが、蓋を開けてみれば【現状維持】とかいう見たことも聞いたこともないスキルで、字面だけ見るとこれ以上の向上心がないとしか言いようがないスキルにわしには見えたのだ。
その瞬間頭の中は真っ白になりスティクォンにアバラス家を名乗ることも許さず、その場で追放し、領地すら踏ませないと宣言してしまった。
「今にして思えば教皇様の言う通りもっと冷静になって考えればよかった・・・」
即断即決してしまったことは早計過ぎた。
もっと慎重になってスティクォンのことを見るべきだった。
そんなことを考えていると胃痛がわしを襲う。
「ぐぅ・・・い、胃が痛い・・・」
「だ、旦那様! 誰か! 誰か水と胃薬を持ってきなさい!!」
「は、はい!!」
わしが腹を押さえながら蹲ると執事長が駆け寄りメイドたちに命令する。
メイドの1人がすぐさま水と胃薬を取りに行く。
しばらくして水と胃薬を載せた盆を持って戻ってきた。
「旦那様、こちらを」
「ぐぅ・・・す、すまない・・・」
わしはメイドから渡された胃薬を口に含むと水で流し込んだ。
「ごくごくごく・・・はぁ・・・」
「旦那様、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない・・・それよりもスティクォンについて何か情報が入ったらわしに教えてくれ」
「畏まりました」
執事長とメイドたちが一礼するとその場を離れた。
1人残されたわしは溜息を吐く。
「ロニーの報告だとスティクォンは王国の北へ行ったのは間違いないといっていたな。 おそらく目的地は最北端の世捨て村で、推測では魔族の国に向かった可能性が高いと・・・」
報告を受けてすぐに世捨て村へ馬を走らせている。
スティクォンがそこで暮らしていればまだ連れ戻せる可能性はあるが、魔族の国に入国したとなるとどこにいるのかもわからずお手上げだ。
「いや待てよ? ロニーはスティクォンの王都での行動を追跡して情報を得てそこから憶測でいっただけだ。 世捨て村まで確認しに行ったわけではない。 北に行くと見せかけて別の場所に行った可能性もある」
仮にわしの推測が当たっていたとしたら、この広大な土地を保有する王国のどこかからスティクォンを探すのは骨が折れるだろう。
そこでふとロニーの報告に疑問を感じた。
ロニーはリグルを蹴落としてこのアバラス公爵家の次期当主の座を欲している。
ここでスティクォンが帰ってくればロニーの次期当主の座が危うくなるはずだ。
「まさか・・・ロニーは自分の未来のためにわしに偽りの情報を流したのか? ロニー・・・貴様っ! このわしを誑かすつもりかっ!!」
ロニーにとって今スティクォンが帰ってこられたら困るのは事実だ。
わしに虚偽報告をしてもおかしくない。
「そうすると東にある帝国や西にあるエルフの国に行った可能性もあるぞ」
どこにスティクォンが行ったのかまるで分らずにわしは頭を抱える。
そして、新たな疑惑が頭に浮かんできた。
「もしかするとどこかの貴族が匿っている可能性もあるな。 なにしろ陞爵がかかっているのだ、アバラス公爵家を廃爵してからでも遅くはあるまい」
そう考えるとわしに敵対している派閥だけでなく、自分の派閥までもが敵に見えてきた。
「くそっ! わしの失脚する姿を酒の肴にして今頃酒を煽っているのだろうっ! 忌々しい奴らめっ!!」
ほかの貴族どもがわしを指さして嘲笑している姿を想像してしまい、怒りが再発する。
「こんなところで終わってたまるかっ! スティクォンがいればわしは返り咲くことができるんだっ!!」
わしは立ち上がり窓から外を見るとそこには荒れ果てた花壇が見えた。
「スティクォンさえ・・・スティクォンさえ戻ってくればこの不毛な大地も低迷した収入も全部元通りだ! わしの地位も安泰だ!!」
そうだ・・・わしは・・・わしはまだ終わっていない。
「戻ってこいっ! スティクォン! お前の居場所はここしかないんだっ!!」
わしは近くにある椅子に力なく座ると両手を組んで俯いた。
「スティクォン・・・頼むから戻ってきてくれ・・・今までのことはすべて水に流す・・・次期領主の座もお前にくれてやる・・・必要であれば金だろうが女だろうがなんでも用意する・・・だから・・・だから親であるわしを助けてくれ・・・頼む・・・」
わしはただただ祈ることしかできなかった。
それから数日後───
スティクォンの捜索が難航していると南の国境を守る警備兵が慌ててわしのところに走ってやってきた。
「イ、イコーテム様! た、大変です!!」
「何事だっ?!」
兵士は一度自分を落ち着かせてから報告した。
「南の獣の国から武装した大軍が国境付近に出現したそうです!!」
「なんだとっ?!」
あまりの内容にわしはかつてない衝撃を受けた。




