70.パンを作ろう
パン作りに必要な材料である小麦粉、酵母、水、塩の4つが揃ったので早速作業を開始する。
「【料理神】・・・なるほど、まずは小麦粉と酵母、塩を器に入れてから水を少し入れて一塊になるまで混ぜます」
クーイは小麦粉、酵母、塩をボールに入れると少しだけ水を入れて混ぜ始めた。
混ぜては少し水を入れ、また混ぜる。
しばらくすると粉が溶け合って一つの塊になった。
クーイは塊をボールから取り出すと手で捏ね始める。
何度も何度も捏ね捏ねしていると次第に表面がつるつるしてきた。
やがて塊は完全に表面がつるつるな状態へと変わった。
「さて、次にできあがった生地をボールに入れて蓋をしたら寝かせます。 この時の温度は人肌よりも少し高いくらいがいいそうです」
「それなら先にボールを温めておきましょう」
「温度を保つのは僕に任せてくれ」
ウィルアムがボールを人肌よりも少し高い温度になるように温めると、スティクォンが【現状維持】でボールの温度を維持した。
クーイは生地をボールに入れると蓋をする。
30分後───
クーイがボールの蓋を外すと生地が入れる前の倍近くにまで膨らんでいた。
「これは見たことがない現象ですな」
「ウィルアムさんでも知らないの?」
「はい。 普通に小麦粉と水を捏ねただけではこうはなりません。 酵母と塩を入れることで生地が膨らんだのでしょうな」
ウィルアムの推察通り発酵することにより生地が膨張したのだ。
「この生地をこうします!!」
ペタン! ペタン! ペタン! ペタン! ・・・
クーイは生地をボールから取り出すと右に左にと両手でキャッチボールするように生地を叩き始めた。
すると生地が少しずつ縮んでいく。
「何するんですか?」
「せっかく膨らんだのに・・・」
「ああ、これは生地の内部にある余分な空気を抜いているんです。 【料理神】で調べたところ、これをするとしないとでは味が大きく異なるらしいです」
「それなら仕方ないですね」
美味しいパンができる瀬戸際ということでリルたちはすぐに納得する。
クーイは叩き続けてこれ以上縮まないことを確認すると6等分に分けて丸め、ボールに戻すと濡れた布を被せた。
10分後───
クーイが布を外すと生地がまた膨らんでいた。
「あとは室温で10分放置したあとに生地を焼いて完成です。 今のうちに・・・あ!」
「どうしました?」
「そういえばここには焼き窯がない・・・」
「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」
スティクォンたちはクーイを見ると気まずそうに視線を床に逸らす。
「どうするんですの?」
「ファリー、今からパン用の焼き窯作れるか?」
「スティクォンさん、10分で焼き窯作るなんて無理ですよ!」
「この家にあるのは暖炉だけだし、それで代用するか?」
「できあがった物が煤まみれになるからやめたほうがいいわよ」
スティクォンたちはどうしようかと色々な意見が飛び交っていた。
パンッ!!
突然の音にスティクォンたちが話すのを止めてそちらに目を向ける。
音の発生源はウィルアムが手を叩いた音だった。
「メルーアお嬢様、皆様、落ち着いてください。 ようはパンが焼ければよいのです。 それなら私に考えがあります」
「ウィルアムさん、どのようにして焼くんですか?」
「まずは鉄板と火を起こせる物を用意してください」
「すぐに持ってくるよ」
「それならこれで温めるとしよう」
ティクレは家にある鉄板を、アールミスは酵母を作る時にも使った火を使わずに温める魔道具を持ってきた。
「これは魔道具ですね。 では180度くらいまで温めてもらえますかな」
「すぐに温めるぜ」
アールミスは魔道具を起動させてウィルアムの指定した温度まで温める。
ウィルアムは【鑑定】を発動すると30センチ上のところの温度を確認した。
「ふむ、こんなところでしょう。 スティクォン様、【現状維持】でこの空間ごと温度を維持してください」
「わかった」
スティクォンは【現状維持】を発動するとウィルアムの指示通り空間の温度を維持した。
「生地が完成しました」
「それでは焼いていきましょう。 鉄板に生地を並べたらこの空間に置いてください」
「はい!」
クーイは生地を鉄板の上にくっつかないように並べたらトングで鉄板の端をしっかりと掴んだ。
そして、そのまま鉄板を高温に維持された空間へと移動させる。
すると生地が少しずつ焼かれて鼻腔をくすぐる香りが部屋に充満し始めた。
「わあぁ~♪」
「良い香り~♪」
「美味しそう」
白い生地は膨らみ表面が少しずつ茶色に変色していく。
15分後───
「そろそろかしら」
「そうでございますな」
ウィルアムは【鑑定】で、クーイは【料理神】でパンの焼け具合を確認する。
頃合いを見てクーイは空間から鉄板を取り出す。
そこにはこんがりと茶色に焼かれ大きく膨らんだ6つのパンがあった。
それぞれ白い煙が立ち上り香ばしい匂いが辺りに漂う。
「「「「わあぁ~♪」」」」
メルーア、リル、ファリー、クレアが歓喜の声を上げる。
「できました。 皆さん、試食してみましょう」
人数分に分けてスティクォンたちはできたてのパンに噛りつく。
「! 美味しいですわ!」
「これがあのパンだというのか?!」
「酵母を入れるだけでこれほどまでに味が変わるとは驚きですな」
リルたちはもちろんのこと、パンを知っているスティクォン、メルーア、ウィルアムですら驚愕するほどの美味しさだ。
「これならいくらでも食べられますわ~♪」
「そうだな。 これも今後は積極的に作っていこう」
こうしてクーイの【料理神】によってここに世界初のふんわりして美味なパンが爆誕した。
このパンをホビットやドワーフ、海人たちに試食してもらったところ、好評でもっと食べたいという声から酒造用の保管庫の隣にパン工房を併設することに。
また、パンの製造だけでなく、パンのお供として果物を砂糖で煮詰めて作られたジャムも人気だったので併せて製造することになった。




