7.イコーテム公爵1 〔イコーテム視点〕
時はスティクォンがスキル【現状維持】を知った半月前に遡る。
わしは実子スティクォンを王都の聖教会に置き去りにして、自身の領地であるアバラス公爵領に戻ってきた。
館に戻り使用人に扉を開けさせて中に入る。
玄関には多くのメイドが左右に分かれて並んで頭を下げていた。
そして、その中央には2人の若い男女がいる。
「「「「「「「「「「お帰りなさいませ、旦那様」」」」」」」」」」
「今帰ったぞ」
「父上、お帰りなさいませ」
「お父様、お帰りなさい」
わしの実子で長男ロニーと長女リクルだ。
ロニーはわしの周りを確認すると疑問を口にする。
「父上、スティクォンはどうされたのですか?」
「あの恥さらしは我がアバラス家の顔に泥を塗った。 よってその場で追放を言い渡した」
わしの発言にロニーとリクルの眉が動く。
「追放?」
「スティクォンを?」
「そうだ」
わしはスティクォンを追放したことを肯定する。
「そうですか・・・追放ですか・・・」
落ち込んでいるような言葉遣いとは裏腹にロニーの顔は綻んでいる。
「まぁ、兄様。 スティクォンがいなくなったからって、そんな顔をするなんて・・・」
「リクルだってその顔はないんじゃないか?」
そういうリクルも笑っていた。
(ふふふ・・・そうだ、それでいい)
わしはロニーとリクルの闘争心を見て頷いた。
なぜスティクォンがいなくなってロニーとリクルは喜んでいるのか。
それはアバラス家の次期当主の座の候補者が1人脱落したからだろう。
アバラス家はほかの貴族が長男を当主にするのとは違い、最も優れた者を次世代の子を当主にする。
長男ロニーはスキル【賢聖】を、長女リクルはわしと同じスキル【剣聖】をそれぞれ神より賜った。
普通に考えればわしと同じスキルを持つリクルが有利に見えるが、それだけで次期当主を決めはしない。
いや、優れたスキルも判断基準の1つとして考慮している。
ロニーはそのスキルで若くして宮廷魔導師団に配属された。
一方のリクルもそのスキルで若くして国王直轄近衛騎士団の団員になった。
どちらも王国では由緒ある役職だけにどちらが優れているかなど甲乙つけ難い。
わしはロニーとリクルが睨みあっているのを良しとしている。
例え血を分けた兄妹でもライバルがいることにより、自分を高めることに繋がるからだ。
いずれはわしの判断で次期当主を言い渡さなければならないが、今はまだその時ではない。
これからのロニーとリクルの活躍次第で結果が変わっていくのだから。
そういう意味では追放したスティクォンにもチャンスはあった。
魔法ではロニーに劣り、剣ではリクルに劣っているが、もしかすると100年に1度現れるかもしれない【神】を関するとんでもないスキルを手に入れるのではないかと密かに期待していた。
だが、蓋を開けてみれば【現状維持】などというふざけたスキルだ。
【剣聖】や【賢聖】には劣っていてもそれなりのスキルであれば、わしもここまで目くじらを立てることもなかっただろう。
武術系ならわしが治める公爵領の騎士団の下っ端から戦術のイロハを叩き込んでもよかったし、魔術系なら知り合いの魔法師団に入門させて下積みをさせてやろうと考えていた。
まぁ、スティクォンはもうこの家の人間ではない。
綺麗さっぱり忘れてこれからはロニーとリクルのどちらがアバラス家の次期当主に相応しいか見届けなければならぬからな。
「ロニー、リクル、貴様らも為体でいるとスティクォンのようになるかもしれぬぞ」
その一言で冷や水を浴びせられたかのように身震いしロニーとリクルは気を引き締める。
「父上、俺はスティクォンみたいなダメな人間ではないことを、宮廷魔導師団の団長になることで証明してみせるさ」
「私も、いえ私こそがアバラス家の次期当主として相応しいことをお見せしますわ」
「ロニー、リクル、頼もしいぞ。 それならばしっかりと見極めさせてもらおう」
わしはそれだけいうとロニーとリクルをその場に残して部屋へと戻る。
翌日にはロニーとリクルはそれぞれ早馬で王都へと戻っていった。
わしも領主としての仕事に手をつける。
ある程度時間が経ち、窓越しに外を見た。
そこには実りある風景が広がっている。
今年もわしがいるアバラス公爵領は豊作だ。
昔の領地は酷いものでここまで開墾するのにどれだけ時間と金を費やしたことか・・・
だが、神はわしを見捨てなかった。
ある日を境にアバラス公爵領が徐々に変化していく。
不毛な大地に緑が芽吹き始め、それが毎年のように維持された。
穀物を始め、野菜や果物も育ち今では収穫できるまでになった。
たった数年でアバラス公爵領は緑溢れる豊かな大地へと生まれ変わったのだ。
これはきっと神が努力したわしへの褒美に違いない。
わしは満足すると領主の仕事を再開した。
それからスティクォンをアバラス家から追放して1ヵ月が過ぎた頃、それは唐突にやってくる。
それはたった1つの花の葉っぱにできた黒い斑点から始まるのだが、その時わしは気にも留めなかった。
この緑溢れる大地が見るも無残な昔の光景に戻るなど誰が想像できたことかを。