4.追放された者と逃亡者
お互いの自己紹介が終わったところでメルーアがスティクォンに質問してきた。
「スティクォン様、なぜ人間族であるあなた様が魔族の領域に来られたのですか?」
「実は僕、人間族のアバラスという公爵の次男だったんですけど、スキル授与の儀という人間族の儀式でハズレスキルを引いて追放されたんです」
「追放ですか?」
スティクォンは少し暗い顔をしながら自分の身を話す。
「はい、それで父上から儀式の場で公爵家を追い出され、領地にすら足を踏み入れることを許さないと言われたので、どこに行こうか迷った末に魔族の国に来たのです」
「そうでしたの・・・」
「私たちと同じですな」
ウィルアムの言葉にスティクォンが聞き返す。
「私たち?」
「はい、実は・・・」
「爺!」
「メルーアお嬢様、隠しても仕方ないかと。 それに率直に申し上げますとこれから生きていくためには協力者が必要です。 失礼ながらスティクォン様は1人で放浪されているとお見受けします。 彼の助力を得られればと愚考します」
ウィルアムはメルーアを説得する。
スティクォンとしては偶然に通りかかっただけなのだが、ウィルアムは天啓と受け取ったらしい。
メルーアもどうしようと悩んでいる。
「あの・・・僕からも聞いていいですか?」
「あ、はい、なんなりと」
「メルーア様たちはなぜこの荒野に?」
先ほどのスティクォンと同様メルーアも暗い顔で自分の身を話す。
「わたくしも同じですわ。 もっともわたくしの場合は2人のお姉様からこの身を守るために伯爵家を逃げ出したのですが・・・」
「どうやらどちらかがメルーアお嬢様を始末しようと追っ手を放ったようです」
ウィルアムはその場にある魔族たちの死体を見てそう判断した。
「そうですか・・・」
「スティクォン様はこれからどちらへ行かれるのですか?」
「当てのない旅なので安住の地が見つかればそこで一生を暮らしていこうと考えています」
「よければその旅にわたくしたちも同行願えないでしょうか?」
「僕は構わないけど、魔族の国から出るつもりはないけどそれでもいいかな?」
スティクォンはメルーアの2人の姉から狙われるかもしれないというニュアンスを込めて質問する。
「構いませんわ。 よろしくお願いします」
メルーアの言葉にウィルアムも頷く。
「わかりました。 改めてよろしくお願いします、メルーア様、ウィルアムさん」
「スティクォン様、こちらこそよろしくお願いします。 それとわたくしのことはメルーアと呼び捨てでお願いしますわ」
「わかった。 それなら僕のことも呼び捨てでお願いするよ」
スティクォンの提案に戸惑うメルーア。
「ほっほっほ、良いではないですか、メルーアお嬢様。 スティクォン様もああ仰っているのですから」
「できればウィルアムさんも呼び捨てで・・・」
「残念ながら私はこの話し方に慣れていますのでどうかご容赦ください」
スティクォンの提案をウィルアムは辞退した。
「えっと・・・それじゃ・・・メ、メルーア」
「は、はい、ス、スティクォン」
スティクォンとメルーアはお互いにぎこちなく名を呼びあった。
「それではまず最初にここを離れよう。 どこか良い場所はありますか?」
「東はウィンアーク伯爵領だからダメです」
「そうなると西か北か・・・間をとって北西か・・・」
西はたしかエルフの国の領域に近いところだ。
「西はやめたほうが・・・」
メルーアはお勧めしないという言い方をしている。
「? 西には何があるのかな?」
「・・・実はそこはわたくしたち魔族の間では死の砂漠と呼ばれるところなのです」
「死の砂漠?」
「はい」
またなんて物騒な名前が付けられた場所なんだ。
「そこはここの荒野よりも酷く、砂漠を越えようとする者に死を与えるとか・・・」
「・・・」
「そういうことなので西はお勧めしません」
「そうなると北か北西か」
メルーアはやはり良い顔をしなかった。
「北は魔王様の領域です。 迂闊に足を踏み込めば敵意ある者として処罰されます。 北西はロストアーク伯爵領でウィンアークを目の敵にしている貴族です」
「ええぇ・・・」
今の話を聞く限りでは南以外全部ダメじゃないか。
スティクォン1人ならともかくメルーアたちを連れていくには選択肢がなさすぎる。
「そうなると南一択だけど、僕はそちらから来たのでできれば戻りたくないのだが・・・」
もしかするとメルーアと同様にスティクォンにも追手がかけられている可能性が万が一にもあるかもしれない。
「困りましたわね」
「そうですな」
「ほかに良い場所はないかな・・・」
スティクォンがどうしたものかと考えているとメルーアが気になっているのか質問してくる。
「スティクォン、1つ質問があるのですが何のスキルを授かって追放されたのですか?」
「ああ、【現状維持】っていうスキルだよ」
「【現状維持】?」
「変わったスキルですな」
「あははははは・・・僕もそう思うよ」
スティクォンは力なく笑った。
それを察したメルーアがすぐに謝る。
「ごめんなさい! 別に悪気があった訳では・・・」
「わかってるよ。 僕も使い方がわからない意味不明なスキルだし・・・」
そんなやり取りの中ウィルアムが思案する。
「爺?」
「いえ、もしかするとそのスキル・・・とんでもなく有能かもしれませんな」
「どういうこと?」
「これはあくまでも推測ですが、もしかすると現状・・・つまり今の状態を保てるということではないでしょうか?」
「現状を保つ・・・あっ!」
スティクォンは先ほどの戦闘を思い出す。
ウィルアムが大勢の魔族を相手にしようとした時、スティクォンは無意識とはいえウィルアムが生き残るように【現状維持】を発動していた。
そうしたらウィルアムと魔族たちの戦線が維持し続けたのだ。
「何か心当たりでも?」
「先ほどの戦いで僕が駆け付けるまでウィルアムさんが死なないように戦線を維持してほしいと無意識に願ってました」
「それは本当でございますか?」
「はい」
ウィルアムも先ほどの戦いでは死を覚悟していた。
しかし、あの人数差で死ぬことなく生き残ったのだ。
それはスティクォンのスキル【現状維持】がとんでもないスキルであるという証左に他ならない。