36.イコーテム公爵3 〔イコーテム視点〕
時はスティクォンが死の砂漠にある開拓地に最低限の環境を整えた頃に遡る。
わしが統治するアバラス公爵領だが、たったの3ヵ月で見るも無残な大地へと変貌していた。
最初に異変に気付いたのは自分の館にある花壇だ。
そこに咲いていた花に黒い斑点ができて全体に広がると次第に枯れていった。
ほかの場所に被害が出ないように花壇の花をすべて焼却処分にする。
わしとしては長年愛でていたものだけあり、今回の処分は苦渋の決断であった。
最小限の被害に止まるのであれば許容すべきことである。
念のため土も新しいものと入れ替えてから新しい花壇を庭師に作らせた。
これですべてが元通りになる。
わしはそう考えていた。
しかし・・・
「なんだ?! これは?!」
館の執務室で仕事をしていたわしは執事長が持ってきた報告書を読んで思わず叫んでいた。
「これはどういうことだ?! わしの領地の農作物が謎の奇病で全滅だと?!」
報告書には作物が黒ずんでとても商品にはならないと書かれていた。
穀物、野菜、果物だけでなく生花、綿花、それに牧草など植物に関わるものすべてが奇病によりダメになったのだ。
読み進めていくとどれも黒い斑点が現れて、それから全体が黒ずんで枯れたらしい。
「旦那様、大変申し上げ難いのですが、今年度の農作物による収益は0でございます」
「なんだと?!」
農作物がなければ税は取れない。
もし、これで税を取ってしまえばアバラス公爵領の当主イコーテムは悪政を強いる者と広まってしまうだろう。
「それと農業組合から要望書が届いております」
執事長が封書を差し出してきた。
わしは封書を受け取ると封を切り、中にある紙に目を通す。
そこには資金の援助、商品にならない農作物の処分、それと種や苗などを外部から至急取り寄せてほしいと書かれている。
「ちょっと待て! あいつらにも十分な貯えがあるはずだ!」
「それが農業組合の長によりますと組合で管理している貯蓄を全部放出しても間に合わないそうです」
「・・・」
今回の事態に対応して尚足りないと聞き、わしは驚きを隠せなかった。
「それと領地内での飢饉が予想されますので早めの食料確保を進言いたします」
「うぐぐぐぐぐ・・・」
執事長の発言はもっともだ。
これはわしだけの問題ではない。
わしが統治するアバラス公爵領に住む領民すべての問題だ。
「・・・現状は理解した。 農業組合の要望書については確認したのちにそれに見合う額を支援する。 食料についてはわしの派閥に属している貴族どもに声をかけておく」
「畏まりました」
わしの言葉を聞いて執事長が一礼する。
「それと王都にいるロニーを呼び戻せ」
「ロニー様をですか?」
「ああ、ロニーのスキルを今こそ生かす時だ」
「畏まりました」
執事長がわしに頭を下げて執務室から退室する。
1人になるとわしは頭を抱えた。
「くそ・・・なぜこんなことになった?」
突然の事態にわしの感情はごちゃ混ぜだ。
先代や先々代の時代からアバラス公爵領の土地は荒れ果てていて、植物が育つ環境ではなかった。
わしがアバラス家を引き継いだ当初も開拓しようと努力したが成果は芳しくない。
諦めかけていたその時、事態は一変した。
荒れ果てた土地に一輪の花が咲いたのだ。
奇跡が起きた。
わしだけでなく妻や執事長、メイド、兵士、魔法士、それにアバラス領に住む領民全員がそう感じたはずだ。
奇跡はやがて希望へと変化する。
それからしばらくすると領内の至る所で植物が芽吹き始めた。
あれだけ努力しても花どころか雑草すら生えることがない荒野が1年後には緑溢れる大地へと変貌した。
あの時、神がわしの努力を認めて領地を豊かにしてくれた。
そして、これから先わしの人生が終わるまで続く。
そう思っていたのに・・・
「神よ、なぜだ・・・なぜ、わしの領地を昔のような荒れ果てた大地にしたのだ・・・」
こんなにも領地のために尽くしてきたわしに酷い仕打ちではないか。
わしは今日ほど神を呪ったことがない。
バアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーン!!!!!!!
あまりの怒りにわしは作業机を全力で叩いていた。
手から伝わってくる痛みで徐々に冷静さを取り戻す。
「・・・いかんいかん、ここで我を忘れて暴挙に出るのは愚か者がすることだ」
神がなんのためにロニーに優秀なスキルを与えたというのだ。
この窮地を乗り越えてみせろという神からの試練なのだろう。
ならば、その試練を乗り越えて必ずやこの領地を元の緑溢れる大地に戻して見せようではないか。
「神よ、見ているがいい。 この荒れ果てた大地を必ず元の豊かな大地へと戻して見せようではないか」
わしは上を向いて決意を口にするのであった。
それからのわしはロニーのスキルや贔屓にしている商人、それに派閥に属している貴族どもの力を借りて領地の緑化計画を進めるが、一向に進展がなかった。
途方に暮れていたある日、執事長が一通の手紙を持ってやってきた。
「旦那様、手紙が届いております」
わしは手紙を受け取ると裏を見る。
「! こ、これは国王陛下の封蝋!」
封を開けて中の紙に目を通す。
そこには至急王城へ来いと書かれていた。
「執事長、今から王都に向かう準備をしろ」
「畏まりました」
執事長は一礼して準備に取り掛かる。
わしも急いで王都へ出かける支度をする。
「国王め・・・この忙しい時に何用だ?」
悪態を吐きながらもわしは王都へと向かう。
そこでラストールから思わぬ事実を突きつけられるとも知らずに・・・




