147.裏の組織 〔ビューウィ視点〕
家の居間、私は椅子に座ってお茶を飲みながら紙を見ていた。
「これは便利ね」
スティクォン、メルーア、ウィルアム、シディアから人間族の文字や数字の計算の仕方を教えてもらい習得したわ。
「覚えるまでは難しかったけど、習得すれば言葉で伝えるより文字で伝えたほうが正確だし、数字も指で折りながら数えるより楽だわ」
そんなことを考えていると近くにアルラウネの気配がした。
「こんなところで勉強ですか?」
「ええ、そうよ」
やってきたのは私の家に同居しているベリモ。
彼女は最近マルチブルグから北西にある森で火災から救助されたアルラウネよ。
私が見ている紙を横から覗き込むように見て首を傾げる。
そこには人間族の文字のほかにいくつもの記号が書かれていた。
ベリモは紙に書かれている記号を指さす。
「この一番左のは人間族の文字だからわかるけど、ほかの記号は?」
「これも文字よ。 左から魔族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族、海人族、龍族よ。 それぞれが人間族のこの文字を指すわ」
スティクォン、メルーア、シディア、クーイ、ドーグ、ソレーユから各種族の文字や数字を教えてもらい、私なりに同じ文字に該当するものを一覧にして纏めたものよ。
特にシディアは龍族以外にもここでは文字を知らないドワーフ族に代わり、ドワーフ族の文字をはじめ色々な種族の文字や言語を知っているのだから驚くわ。
「こんなに文字があるのですね」
「そうよ。 本来私たち魔物には文字なんて無縁のものだわ。 アリアーサを見ればわかると思うけど普通はこんな面倒なことはしないわ」
アリアーサは内務大臣ではあるが、基本食事に貪欲な魔物ね。
ただ、意外と鋭いところがあって私たちにない着眼点を持っているわ。
「たしかに」
私の言葉を聞いて納得するもベリモは新たな疑問を感じていた。
「でも、こんなに色々な種族の文字を覚える必要はあるのですか?」
「あるわよ。 私、これでもこの国の外務大臣なの。 今までここは閉塞的な場所であったけど、つい先日国として活動することになったのよ。 その際にスティクォンから外務大臣に任命されたわ」
私は外務大臣になった経緯を語る。
「仕事上覚える必要があるだけよ。 けど、仮に相手に言葉が通じなくても文字が書ければ相手に伝えることはできるわ」
「なるほど」
ベリモは文字の一覧を見て少し考えてから私に話しかけてきた。
「私も一緒に勉強してもいいですか?」
「別に構わないけど、ベリモ、貴女が覚えても何の意味もないわよ」
私は外の国との交流に必要だからこそ覚えるのであって、役職に就いていないベリモが覚えても役に立たないとはっきりいった。
「たしかにそうかもしれないけど、私は私がやりたいことをしたいの」
「それならベリモの好きになさい」
そういうとベリモは一旦部屋に戻りペンと紙をもって戻ってきた。
私の対面の椅子に座るとテーブルの上にある紙を手に取って早速勉強を始めたわ。
その間、私たちはお互い無言で勉強する。
どれくらい時間が経過したのでしょう。
コンコンコン・・・
不意に家の扉を叩く音が聞こえてくる。
私は椅子から立ち上がると玄関へと向かい扉を開けた。
そこにはウィルアムが袋を持って立っていた。
「あら、ウィルアム」
「ビューウィ様、お時間よろしいでしょうか?」
「ええ、いいわよ。 中に入って頂戴」
「失礼いたします」
私が許可するとウィルアムは一礼して家に入ってきた。
居間に着くと勉強をしているベリモを見て顔には出さなかったけど少し驚いているみたいね。
気を取り直してウィルアムは袋から紙を取り出すと私に渡した。
「これは?」
「魔族についての資料でございます」
魔族であるウィルアムは自分の知る限りの情報を紙に書いたようね。
私が目を通そうとするとベリモが横から覗き込んできた。
「ビューウィ、これは何?」
「今度国交することになった魔族の国の資料よ」
「見てもいい?」
私はウィルアムをチラッと見た。
ウィルアムとしては珍しく難しい顔をしているわ。
「あまり見せたくないみたいね」
私が代弁するとベリモが突然頭を下げた。
「私、皆さんの役に立ちたいんです!」
ベリモの言葉を聞いて私は何となく察しました。
(ベリモは命を救ってくれた恩返しをしたいのでしょうね)
そう考えるとなんだか微笑ましく感じるわ。
「うふふっ」
笑ったことでウィルアムもベリモも驚いた顔で私を見た。
「ごめんなさい。 微笑ましかったものだからついね」
私は笑うのを止めると今度は真剣な顔でベリモを見る。
「ベリモ、私の補佐をやりなさい」
「私がビューウィの補佐を?」
「ええ、そうよ」
突然の事に驚くベリモ。
疑問を感じたウィルアムが私に問いかけてきた。
「ビューウィ様、いったい何をお考えなのでしょうか?」
「私たちアルラウネで裏の組織を作るわ」
「裏の組織?」
私の発言にウィルアムは驚き、ベリモは理解できていない顔をしている。
「表向きは外交官で、裏は諜報官ということでしょうか?」
「その通りよ」
「その諜報官っていうのは何ですか?」
ウィルアムが説明するもベリモは理解が追いついていないわね。
「諜報というのは裏で暗躍する者たちのこと指します。 諜報のほかにスパイ、S、影とも呼ばれております」
「スパイ? S? 影?」
訳のわからない単語にベリモは混乱しているわね。
「簡単にいうと人や国などの情報を収集する者たちのことよ」
「ああ、なるほど!」
私の説明でベリモも納得したみたい。
「ビューウィ様のお考えは理解しました。 しかし、お二人だけでは諜報は厳しいのでは?」
「誰も二人でやるとはいっていないわ。 世界中にいるアルラウネと協力してやるのよ」
「それはまたスケールが大きいですな」
ウィルアムには珍しく苦笑いをしていますわね。
「そういうわけで手始めにスティクォンにお願いして世界中のアルラウネをここに呼んでもらいましょう。 名目は『アルラウネが二人だけでは寂しいから』とでもいえばいいわ」
「賛成です」
「ほっほっほっ、これはとんでもないことになりましたな。 ただ、ビューウィ様の案には私も賛成いたします」
「決まりね」
こうして私の発案で裏の組織が密かに作られることになったわ。




