146.学校開校
ファリーたちが次の建物を建てている頃、できあがった学校ではいよいよ文字の読み書きを教える事になった。
この日のためにスティクォンはメルーア、ウィルアム、クーイ、ドーグ、それとつい最近ここに来たリクル、サレスと共に寝る間も惜しんで教材を作った。
それはもう文字通りスティクォンの【現状維持】で自分を含めた全員を常に満腹状態、覚醒状態にして一心不乱に作業に没頭する。
それぞれが得意な、あるいは詳しい分野を担当する。
例えば、メルーアとサレスなら魔法、クーイなら料理、ドーグなら医療や薬品及び生活関連、リクルなら剣術を含めた武術全般といった感じだ。
できあがった教材はティクレが作ってくれた転写装置で一気に複写する。
この転写装置により必要な部数を簡単に用意できた。
普通なら一つ一つ手作業で行うため膨大な時間がかかるが、転写装置のおかげで楽できて皆ティクレに感謝している。
すべての準備が整ったところで南東の人工海に集まってもらい説明することにした。
「皆、聞いてくれ。 以前から要望があった文字の読み書きができるように準備が整った」
スティクォンの言葉に周りから拍手される。
「それで最初はホビット族だけど、食料の需給を完全に止めてしまうと問題になってしまうのと、建物に入れる人数に限りがあるので、まずは全ホビット族の1/3を対象に行うことにします。 ホビット族が終わったら次に獣人族、ドワーフ族、海人族の順番で、海人族については陸で活動できない人は僕たちがここに来て教えるから」
説明を聞いた者たちから再度拍手が送られた。
「一応全員が識字とあと数字の計算ができるようになったあと、ほかに学びたいことがあれば僕に相談して。 その分野に長けている人に教えてもらうようにするから」
そこでリルが手を挙げる。
「スティクォンさん、例えばどんな事を学べるんですか?」
「わかりやすいのだとアーネルに編み物を教えてもらうとか、クーイさんに料理を教えてもらうとかかな。 逆に農作業を習いたいという人にはリルが教えてあげる立場になるから」
「わかりました」
「ただ、教える人も忙しいときがあるからそれだけは理解してほしい」
「はい!」
スティクォンの説明を聞いてリルは納得したようだ。
「それと僕やウィルアムさんが優秀と判断した人は国の中枢部分の仕事を手伝ってほしい」
アリアーサがおずおずと手を挙げる。
「あの・・・それは断ることはできるのですか?」
「強制じゃないから断ることはできるよ。 あと、今の仕事と掛け持ちするのもありだ」
「ほっ、よかった」
強制ではないと聞いてアリアーサは胸を撫で下ろす。
が、スティクォンがすぐに釘を刺した。
「とはいえ、アリアーサさんはこの国の内務大臣だから内政をやりたくないとかいうのはダメですよ」
「そんなぁ・・・」
内務大臣の仕事から解放されると考えていたアリアーサは大いに落胆し、ついでに防衛大臣であるバーズもアリアーサ同様に消沈している。
そのやりとりに周りのみんなもついつい笑ってしまう。
「優秀じゃなくても僕たちの仕事に興味があり、手伝ってくれる人は大歓迎だから」
「ほっほっほ、皆様のご協力をお待ちしております」
説明を終えたところでその日は解散した。
翌日───
いよいよ学校が開校された。
といっても、スティクォンが通っていたフーリシュ王国の王立学園と違い、伝統はまったくないので特に挨拶もなしに授業を始めることになった。
教師役にはスティクォンを始め、メルーア、ウィルアム、クーイ、ドーグ、リクル、サレスの7人が務めることになった。
本来ならそこにティクレとアールミスが加わるところだが、2人とも建設の仕事で教師のほうまで手が回らない状態だ。
スティクォンは教材を持って教室に向かう。
台車には羊皮紙、ペン、インクが大量に入った箱が載っていた。
到着して中に入るとそこにはホビット族以外にも見知った顔がいた。
ハーニ、ビューウィ、ドレラ、マムモ、アーネル、アリアーサ、ベリモの魔物たち7人だ。
「あれ? みんな、どうしたの?」
「魔物である私たちはスティクォンに習ったほうが良いとウィルアムさんがいっていたので」
「授業を受けに来たわよ」
「文字覚える」
「お願いします」
「私にもわかりやすく教えなさいね」
「勉強嫌ですぅ・・・」
「頑張ります」
ハーニたちは授業を受けに来たことをスティクォンに伝えた。
アリアーサだけは苦手意識があるのか嫌がっている。
「授業内容はウィルアムさんたちと同じだよ。 昨日も話したけど全員が識字とあと数字の計算ができるようになってもらうのが当初の目的だから」
そういってスティクォンは未記入の羊皮紙数枚、ペン、インクを全員に配る。
「みんな、紙とペンは行きわたったかな? それじゃ授業を始めます。 これから僕が教える文字は人間族の文字です。 ほかにも魔族やエルフ族など種族で主流な文字がありますが、このマルチブルグでは主に人間族の文字を広めていく予定です」
スティクォンは教壇にあるチョークをとると黒板にでかでかと文字を書く。
左から一画一画分離して書き、最後にすべてを合体させた文字を書いてそれをチョークで軽く叩く。
「まずはこの文字から一番左から順にくっつけていくと最終的には一番右にあるこの文字になります。 では、実際に紙に書いてみましょう」
スティクォンの号令の下、ハーニたちは文字を書き始める。
黒板を見ては見様見真似で記入して、できあがった文字に皆一喜一憂していた。
一度書いたらあとは慣れの問題だ。
ハーニたちは理解するまで同じ文字を何度も書いてそれを言葉にして覚えていく。
スティクォンもできるだけ丁寧に一文字一文字を教えていった。
1週間後───
スティクォンたちの丁寧な教え方により、ハーニたちは簡単な文字の読み書きと数字の計算を習得する。
「この文字って便利ですね。 これさえあれば言葉が通じなくても紙に書いて相手に伝わることができるのですから」
「そうだけど、ただ同じ文字を習得している人にしか役立たないけどね」
これにより文字を習得したことにより、言葉で上手く伝わらなかったことが紙に書いて伝えられるようになった。




