105.多種族共生国 マルチブルク 〔メルーア視点〕
「『マルチブルク』?」
「我がここに住む者たちを見て思った印象だ。 あくまでも一例を挙げたにすぎん。 別に気に入らなければほかの名でも構わん」
魔王様の提案にスティクォンが難しい顔で応じます。
「事が大きいだけに急には決められません」
「普通はそうだろう。 皆で話し合って決めるがよい」
それだけいうと魔王様はシディアと他愛のない会話を再開しました。
やがて空が徐々に赤く染まり始めた頃、魔王様がグラスに入っていたブランデーを一気に飲み干しました。
「ぷはぁ、美味かったぞ」
『どうした? もう飲まぬのか?』
シディアの質問に魔王様は肩をすくめて答えました。
「もっと浴びるほど飲みたいがそろそろ戻らないと宰相や大臣たちが五月蠅いからな」
『そうか』
そこで会話が途切れるとシディアがスティクォンを見て話しかけます。
『手ぶらで返すのもな・・・スティクォン、悪いが酒蔵に行ってワインとブランデーの樽を1つずつ持ってきてくれないか?』
「わかった。 今持ってくるからちょっと待ってくれ」
スティクォンはグラスを置くと荷車を引いて北西へと歩き始めました。
魔王様は驚いた顔をしてシディアに話しかけます。
「よいのか? シディアにとっては貴重な酒であろう?」
『キーラの言う通りだが、今では量産体制が整っているからな。 少しくらいは問題なかろう』
それからしばらくしてスティクォンがワインとブランデーの入った樽を載せた荷車を引いて戻ってきました。
「お待たせ。 それでこれをどうやって持って帰るんだ? シディアが手で持っていくとか?」
「案ずるな。 シディアの手を借りるまでもない」
魔王様が手を動かすと突如大きな空間が現れました。
「「「!!」」」
「我は【空間魔法】が使えるからな。 この空間に入れておけば楽に持ち運びができる」
魔王様が指さすと2つの樽は宙に浮き、そのまま空間へと吸い込まれるように入っていきました。
役割を終えたのか空間は閉じて元通りになりました。
「「「・・・」」」
あっという間の出来事にわたくしたちは呆けてしまいました。
「さてと・・・今日は久々に楽しかったぞ」
『それは良かったな』
「時間ができたらまた遊びに来るぞ。 では、さらばだ」
そういうなり魔王様の身体が浮遊すると居城がある北東へと帰っていきました。
「はあああああぁ・・・」
姿が見えなくなると今までの緊張が解けたのかわたくしはその場で脱力して座り込みました。
「メルーア、大丈夫か?」
「メルーアお嬢様、お気を確かに」
スティクォンと爺に心配されながらもなんとか立ち上がります。
「だ、大丈夫ですわ・・・」
「あまり大丈夫には見えないけど・・・」
どう切り抜けようかと考えていると爺が会話に割って入ります。
「メルーアお嬢様は慣れないことでお疲れの様でございます。 お休みさせたいので本日はこれにて失礼させていただきます」
爺は強引にではありますが会話を終わらせるとわたくしに手を差し伸べます。
「メルーアお嬢様、お手を」
「大丈夫ですわ。 ちゃんと歩いて帰れますわ」
わたくしは爺を引き連れて家がある北西へと歩き出します。
スティクォンが見えなくなるとわたくしは溜息を吐きました。
「はあああああぁ・・・何事もなく終わって良かったですわ」
「仰る通りですな」
「魔王様が現れた時は冷や冷やしましたわ」
「正直に申し上げますと今日でこの地が無くなってもおかしくないと思っておりました」
「わたくしもですわ」
爺を見るとハンカチで額を拭いています。
そうこうしているうちに家へと戻ってきました。
家に入るなりわたくしは自分の部屋に歩き出します。
「爺、今日はもう何もいりませんわ」
「承知いたしました」
部屋に戻ったわたくしは着替えもせずにベッドに倒れこみます。
「本当に何事もなくて良かったですわ」
わたくしは目を閉じるといつの間にか深い眠りにつきました。
魔王様が訪れた翌日───
南西の人工海にはいつもの主要な者たちだけでなくこの地に住むすべての者が集まっていました。
「みんな、今日は忙しいところ集まってくれてありがとう」
「スティクォンさん、何かあったんですか?」
「実は昨日ここに客人が来たんだけどこの地の名前はなんというのかといわれたんだよ」
話を聞いたティクレが手を挙げて質問してきます。
「ここは『死の砂漠』ですよね?」
「僕もそう答えたんだけど僕たちが住んでいるのにそれはおかしいと言われてね。 それで国としての名前をつけてはどうだと提案されたんだ」
「国の名前ですか?」
「そう、それでみんなにこの国の名前を考えてほしいと思って集まってもらったんだ」
「そういうことですか」
「この名前が良いというのがあればどんどん意見を出してほしい」
スティクォンが皆に話しかけるがざわつくばかりで一向に出てきません。
「遠慮せずに言ってくれて構わないから」
「そういわれても・・・」
「考えたことないです」
「昔から『死の砂漠』で覚えているからな」
元々魔族の国やエルフの国に住んでいた者たちはわたくしや爺と同じで『死の砂漠』が定着しています。
それ以外の国の者たちは印象が薄いのか案が出てくることはありませんでした。
このままではいたずらに時間を浪費すると悟ったのかスティクォンが話しを切り出しました。
「みんな、聞いてほしい。 その客人が多くの種族が住む場所ということで『マルチブルク』というのはどうかと提案してきたんだ。 みんなはどう思う?」
『マルチブルク』と聞いて皆それぞれに考えます。
「『マルチブルク』ですか・・・良いと思います」
「悪くないネーミングです」
「今までの『死の砂漠』を払拭するのにもってこいだな」
気に入ったのか次々と賛成の声が聞こえてきました。
「反対意見がなければここは『マルチブルク』と呼ぶことにします。 賛成の方は拍手をお願いします」
すると多くの者たちから喝采が起こりました。
「特に反対意見がないので今日からこの地を『マルチブルク』と呼ぶことにします」
こうして『死の砂漠』改め多種族共生国『マルチブルク』となりました。




