104.魔王の昔語り 〔メルーア視点〕
わたくしたちが死の砂漠の中心部である巨木へ戻ると蹲っていたシディアが気付いたのか起き上がりこちらを見ました。
『遊覧はもう済んだのか?』
「ああ、ここはとても良いところだな。 仕事などほっといてここで暮らしたいくらいだ」
それを聞いたスティクォンが苦笑いしながら対応します。
「さすがにそれは・・・」
「はっはっはっ、冗談だよ、冗談。 我とて国のためにやらねばならぬ事があるのでな。 いつまでもここにいる訳にはいかぬ」
ひとしきり笑うと魔王様は顎に手を当てて言葉を続けます。
「とはいえ、せっかくの休みなのに早々に帰ってはつまらぬ。 シディア、久しぶりに酒を交わさないか?」
『いいだろう。 スティクォン、悪いが酒蔵からワインの入った樽とあれを2つずつ持ってきてくれ』
「わかった。 少し待っててくれ」
シディアの要望を聞いてスティクォンはワインを取りに加工場へと向かいました。
しばらくして樽4つを載せた台車を引いて戻ってきました。
「お待たせ。 持ってきたよ」
スティクォンはシディアと魔王様の前にそれぞれ樽2つを置き、さらに魔王様にグラスを渡すとワインを注ぎました。
『準備もできたことだし始めるか』
「そうだな。 スティクォン、メルーア、ウィルアム、お前たちも一緒にどうだ?」
突然の誘いにわたくしは目を白黒させます。
(魔王様からの直々のお誘い・・・どうしましょう・・・)
わたくしが迷っているとスティクォンが即答します。
「付き合うよ」
迷いもなく承諾したのでわたくしもすぐに回答しました。
「わ、わたくしもですわ」
「ご一緒させていただきます」
「そうか、なら皆で飲むとしよう」
こうなることを予想していたのでしょう、スティクォンが人数分のグラスを取り出すとそれぞれワインを注いでわたくしと爺に渡します。
『行き届いたようだな。 スティクォン、音頭を取ってくれ』
「それでは乾杯」
スティクォンの音頭に合わせてわたくしたちはグラスを掲げます。
魔王様はというとグラスをシディアの目の前にある樽に軽く当てると一口含みました。
それから舌で転がしながらワインを堪能します。
シディアもワインを飲みますが、いつもの豪快な飲み方と違い一口一口味わうように飲んでいました。
「先ほどワインの加工場でも試飲させてもらったが美味いな」
『そうだろう、メルーアやリルたちが育てた葡萄から造ったものだからな』
シディアと魔王様は会話が弾んだのか、わたくしたちを置いて2人で話しております。
その間もワインを飲むのを忘れておりません。
『さて、ワインも良いがそろそろこちらも飲むとしよう』
シディアがブランデーの入った未開封の樽を指さします。
「それは?」
『ワインを蒸留して造ったものでブランデーというものだ』
「ほぅ、それは楽しみだな。 早速いただくとするか」
「お注ぎします」
爺が魔王様のグラスにブランデーを注ぎます。
香りを嗅いだ魔王様が目を見開きました。
「! なんと芳醇な!」
一口含むとさらに驚いた顔をします。
「これはすごいな。 ワインよりも味も香りも濃厚で度が強い。 こんなのは飲んだことがない。 ブランデーか・・・とても良い酒だ」
『どうやら気に入ったようだな』
魔王様はブランデーを一気に飲み干すと爺にグラスを差し出したのですぐさまブランデーを注ぎます。
一口飲むと酒の余韻に浸ったあとシディアを睨みつけました。
「シディア、貴様ずるいぞ。 こんな隠し玉を持っているとはな」
するとシディアは勝ち誇ったような顔で魔王様を見ます。
『これもここを開拓したスティクォンたちのおかげよ』
「てっきり自分の手柄にして自慢するかと思ったぞ?」
『造ったのはスティクォンたちだ。 もし、これを自慢するというなら人脈に恵まれたということだ』
「人脈か・・・たしかに恵まれてはいるようだな」
それから他愛のない会話が続いていたが、ふと疑問に思ったのか魔王様がわたくしたちのほうを見て声をかけてきました。
「そういえば、この地は何という名称だ?」
「?」
突然の質問にわたくしは反応できませんでした。
「えっと、メルーアからは魔族の国にある『死の砂漠』と聞いてますが・・・」
スティクォンの言葉に魔王様は首を捻り、しばらくして自己解決したのか納得したように頷きます。
「ああ、下の者たちはこの地についてはそう広まっているのか」
魔王様は意味ありげな視線をシディアに向けるが当の本人は目を合わせまいと視線を逸らします。
「まずは誤解がないように言っておくがここは魔族の国の領域ではない」
「え?」
「隣接している人間族やエルフ族の領域でもない」
魔王様の言葉にわたくしは驚きました。
それは爺も同じようで意外な事実に普段とは違い驚愕に満ちた顔をしています。
「わたくしのスキルを使ってここを緑地にしたいと言っていたのは・・・」
「それは本当のことだ。 この何人たりとも寄せ付けぬ砂漠を緑化して魔族の国の領域にできればと数千年前から行われている事だ。 今までは我の嫁たちがそれを担ってきた。 我の真意を聞いてどの嫁たちも不満を垂れず本当によく頑張ってくれたものだ」
話し方こそ普通ですが、魔王様からは奥方様たちへの申し訳ないという自責の念を感じ取れました。
(過去数千年の間にわたくしのようなスキルを持った4000人もの女性たちが身を挺してこの砂漠の緑化に勤しんできたという訳ですのね)
魔王様がわたくしを嫁にしたかった理由がようやく理解できました。
「もし・・・もし、わたくしが尽力してもここを緑化できたかは怪しいものですわ」
「その通りだな。 我のところにいたとしてもここまでの成果を上げるとは思わぬからな」
魔王様もわたくしと同じ考えに至ったのでしょう、スティクォンを見ています。
「そういう訳でここはもうお前たちが立ち上げた国も同然だ。 今まで通り『死の砂漠』という名では少々味気ない。 それで新しい名をつけてはどうだ?」
「名前ね・・・急に言われてもな・・・」
スティクォンと同様わたくしも思いつきません。
そんなわたくしたちを見かねてか魔王様が1つ案を出されました。
「それならば、多種族が住む国ということで『マルチブルク』というのはどうだ?」




