⑨ 彼の真剣な顔
ベネット家主催の晩餐会に潜入する夜が来た。
現在、私は絨毯にくるまれて、ベネット家邸宅の玄関口を入った広間にいる。たぶん。
この絨毯を両腕に抱えて運ぶ運送屋が、そこの家令に大声で伝えている。
「ご注文の品をお届けに上がりました──!」
「はて、そのようなもの注文したとは、我々聞いておりませんが……」
そんなこと言ってないで受け取ってしまえばいいのよ! 送料元払いなんだから! そしてこれを倉庫かどこかに置いておいてちょうだい。できたら衣装室がいいわ、すぐメイド服に着替えられるから。
「発送元に返却しておいてください」
「分かりました」
えっ、運送屋さん! そんな簡単に諦めないで!
え~~んっ帰されちゃうよ~~。
「ああ、それは私が注文したものだ」
んっ。誰だろう。会話はなんとか聞こえても、男性の声ということしか分からない。絨毯はその人物に渡ったようだ。
「ただの絨毯にしてはやたら重いな」
「今、使用人を」
「いや、いい。この程度なら造作もない」
私はどこへ連れていかれるのだろう。絨毯が開かれたら、すぐ逃げなきゃ……。
しばらくして床に置かれた。静かな場所だ、受け取った人物の個室だろうか。早く絨毯を開いて欲しい。そして一目散に逃げ出すのだ。
うーん、いくら待ってもこの絨毯を開こうとしない。もう自分からゴロゴロして……んっ、あれ? 力を入れても、全然開けない。
仕方ない、頭を出そう。前方からなんとか抜けて逃げてやる。
「んっ!」
よし、顔を出したわよ。
ぬ? にょきっと床に伸びる長い影……。私はそれをゆっくりと見上げた。
「…………」
「…………」
「ぶはははははは!!」
「えっ!? エルネスト様!?」
「なんだお前、鯉かよ!!」
「こ、こい??」
「ああ、鯉っていうのは東の方で獲れる魚で……って、お前なにやってるんだ!!」
「笑うのか怒るのかどちらかにしてください! あと絨毯開かないんですけど!」
「ああ、降ろしたとき紐で縛った」
「ええ──! なんてことを! ちょっと! ほどいて!」
「鯉が跳ねている……」
とりあえず紐を解いてもらった。こんな意地悪をするということは、私が中に入っているのバレていたのか……。
「は?」
「どうかされました?」
「お前その布の下……」
「何も着ていません」
私は絨毯にくるまる時、裸の上に一枚の大布をぐるぐる巻いてきた。
「はぁ!?」
エルネスト様はどうも怒っている様子。
「だって、服を着たらぼわんとしてしまうし、古代の美女も裸でしたし」
「美女って……お前、拾ったのが俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ!」
「どうするって、逃げるつもりでしたが」
今度はとことん深い溜め息をついて脱力する彼だった。
「……エルネスト様?」
私がその顔を覗き込むと、彼はいきなり私を覆う布を剥がそうとした。
「!? 何するんですかやめてください!」
抵抗したら、すぐにも布が破れそうだ。
「これ、大事なものだから!!」
「なら二度とこういうことするな!」
「え?」
「こんなことしてたらお前なんてすぐに襲われて、下手したら殺されて棄てられるんだ!」
それは今まで彼が見せたことないような真剣な顔だった。
「は、はい……。もうしません……」
彼は失望したようでもある。
────嫌われたかしら。
私は不安になって、とにかく何か言葉を交わしたいと口を開いた。
「あ、あの、どうして私だと思ったのですか。絨毯の中に人間がいて、それが私だと……」
「中にいることは自分の手で持つまで想像もしていなかったが、これがお前のだとは分かったぞ」
「なんで?」
「お前の部屋に行った時、見たから」
「え? で、でも、そんなたった1回、一瞬、いらしてただけじゃないですか。それにあれって、真っ暗な夜でしたよ!」
「夜這いの作法を教えるって言っただろ。進入した先の調度品は、全部眺めて記憶するんだ。以後、何がヒントになるか分からないからな」
何それ──! プロってそういうものなのですか!?
「いやだから、真っ暗なのに、どうして……」
「ああ、俺、猫目なんだ」
「確かにとても大きい、くりくりとしたツリ目ですよね」
「見た目じゃなくて、機能の話だよ」
「ええ……夜行性なんですか……」
夜這いのプロはそんな才能持ってないと務まらないのね。
とりあえずメイドの服をかっさらってきてもらった。
「なんで俺がこんなこと……」
「ありがとうございます。これで、ここで自由に行動できます」
「で、どうするんだ?」
「今から開かれるパーティーの会場に舞台はありますか?」
「ああ、小さいが」
「そこに連れて行ってください」
私は今エルネスト様のエスコートで、晩餐会場前方の舞台に立っている。緞帳を隔てた向こう側には、招待客の上位貴族の面々が集まってきている。
「今夜この舞台が使われる予定はないようだが。ここで何をするんだ?」
「この布を幕と同じように掛けておきます」
「さっきお前がくるまっていたやつだな。ん? これ、俺の部屋にあったカーテンじゃないか」
「そう、頂いたカーテンです。これ、片方は向こう側が見えなくて、片方からはすべて見えるのでしたよね」
「ああ。それで?」
「この舞台にパトリシア様を誘導します。そしてこのカーテンの向こうの観客に向かって、白状していただきます。私に対して行った悪行を」
ええ、即興劇の主役を演じていただきましょう!
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