⑦ 悪意には屈しません!
「エルネスト様。おはようございます。パトリシア・ベネットですわ。開けてくださる?」
私の、身体中の血の気が引いた。
人が来た。こんなところに私がいると知れたら、あの噂がまぎれもない事実だと太鼓判を押されてしまう。
「どうしてパトリシア様が? お部屋まで訪ねてくるなんて、そういう仲なのですか?」
「お前はクローゼットに隠れろ」
「クローゼットはどこ?」
彼は私の手を引っ張り、その扉を開けた。
「バレない様に息を潜めておけよ」
こう指示し、彼女を出迎えに扉へ向かった。
私は隠れたが、空間もギリギリで緊張してしまう。するとすぐに声がはっきり聞こえるようになった。
「うふふ。エルネスト様」
クローゼットの通風口から覗いてみたら、パトリシア様がエルネスト様に寄り添って……どういう関係なの?
「近い」
「あら」
彼は寄った彼女を拒んだふうだ。ロマンスがありそうな関係には見えない。
「何の用だ」
「ご報告に参りましたわ。このごろ私、あなたのご親戚、フェルナンド・クルス様と懇意にさせていただいてますの」
フェルナンド……聞いたことがある、確か王子に紹介された中に。あ、王位継承権5位くらいの人だ。
「良かったじゃないか。しかし別に、報告はいらないぜ」
「そんなことおっしゃって……、もういいかげんにジョゼフィーヌ様のことはお忘れになったら? いつまでも亡き方を思われていても、未来はありませんわ」
ジョゼ……あっ、その名前の方は、あの時、彼が……。
なんだろう、今、私の胸に、とくん、と音が。
「あいつのことを忘れようと忘れまいと、お前とどうこうなる気は毛頭ない」
「相変わらずはっきりおっしゃいますのね。まぁ、そういうところが他の男とは全く異なり、あなたのことは放っておけませんの」
「放っておいてくれ」
どうやら彼女は前から彼を誘惑していたようだ。しかし彼は歯牙にもかけないといった様子。
「しかし、フェルナンドか……そこで妥協する、ということだろ。お前の獲物はアンドリューだったもんな」
そこでパトリシア様が怖い顔でギロっと彼を睨んだのを、私も見てしまった。
「妥協? 私が妥協するとでも思って? フェルナンド様は言うなれば保険ですわ。婚姻を結ぶまでは前向きに、より上位の方との結びつきを固めてまいります」
「そうか。息巻いているところ悪いが、早いとこ諦めた方がいいんじゃないか? アンドリューの今の相手は一筋縄ではいかないようだしな」
「後から後から邪魔な女が出てくるのですわ。ま、あの方に関しては、今は手立てを考えているところですの。確かにそうですわねぇ……。前の方のようにはいかないでしょうね」
!! ええ……? 前の方って……。
「いや、それお前、今のアンドリューの相手“エメラルド”の出現に乗っかっただけじゃねえか」
あの人魚、“エメラルド”って呼ばれてるのか。そんなことより、一体どういう話!?
「それは私の福運によるものですわ。さすがに、命を救った聖女、なんてものには女の魅力どうこうで争えるものではありませんでしたし、彼女には速やかに退場していただきたかったの」
「速やか、かつ穏便に、ってか? それで? でたらめな噂を細かに調整しながらばらまいて、彼女の居場所を奪ったのか」
「私の人望人脈にかかれば、そのぐらい造作もないことですわ」
そんな……。パトリシア様が、裏で操っていたの……。
「そんなことを自慢げに俺に話して、足元すくわれても知らねえぞ」
「あなたは紳士ですもの、女を陥れるような真似はいたしませんわよね」
「まぁな。お前なんてどうせ“エメラルド”には敵わないだろうから、俺はどうともしねえよ」
「敵わない? であれば、王位継承を順繰りに回せばよろしいのだから。フェルナンド様の継承順位のひとつ前は、そういえばあなただったわね」
「…………」
「寝首をかかれないように、お気をつけくださいませ」
言い捨てて彼女は部屋を出たようだ。
「……本当におっかねえ女だな」
私は足の力が抜け、クローゼットの中から倒れ込み、外に転げ出た。そんな私に彼は歩み寄り、抱き起こす。
「パ、パトリシア様が、私を陥れようと、あんな悪意いっぱいに……」
私の足がまだ震えている。
「私、彼女に何もしてないのに……。ほとんど知らない人だったし……」
「王宮はそういうところだ。その地位や名声を奪い合い、人は悪意の塊と化す」
私が踏み込んでいいところではなかったのだ。それでも。
「私、ここで逃げ帰る気なんて、もう起きないです」
「…………」
「彼女にみんなの前で話してもらわないと。私の身の潔白を」
「どうやって?」
「……これから考える……」
まったくもって心もとない。それにそもそも、私が彼女と接触できる機会なんてない。彼女の出席する社交パーティーなんて、本当に王族に近い高位の人たちばかりの……。
「そういえば、俺、あいつの家の主催する晩餐会に招待されていたな。月末にあるんだが」
「え?」
「そこで話してみたらどうだ? 希望するなら俺のパートナーとして連れていくが」
「いいのですか? 私なんかが、パートナーで」
「タダで、とは言わないけどな」
「えっ。私のような貧乏貴族から金銭を取るというの!?」
「取るかよ。目ぇつぶれ」
「は??」
彼の目線は私の目を……いや唇を見てる。つまり、そういうことで。私は思わず後退りした。
「あいつに大勢の前で自白させたいんだろ?」
「だ、だめです……」
更にじりじりと後退する。だってこの人は、私にキスしたいからするんじゃなくて、こうやって女心もてあそぶのが趣味、というだけで……。
「だめに決まってます!」
私はカーテンの掛かる壁一面の窓に追い詰められた。だから猫を噛むネズミのように、彼の顔に広げた手のひら押し当てた。
「ぶっ」
「自分で何とかします!」
「何とかって」
「自分で忍び込んでやるから!」
「けっこうな警備がいるぞ」
「……これから考える……」
彼は呆れた溜め息をついて、私から離れた。そこで顔を前方から背けた私は、背中のカーテンが目に入った。
「あれ、これ……?」
「ん?」
「さっき、朝起きた時、カーテンがあるって気付きませんでした。だって、完全に透きとおっていて、外の景色がそのまま見えるんだもの。このカーテンすごい!」
「ああ。それ、特注品なんだ。部屋の内側からはそのまま外が見える。なのに外からは不透明でまったく内側が見えない」
「へぇぇ~~すごい! 魔法のカーテンですか!?」
「魔法ではないと思うが。この国では手に入らない。国外の高名な技術者が考案した品らしい」
「これ欲しい!」
「はぁ? お前キスのひとつも寄越さないくせに、人の部屋のカーテン持ってくってか?」
「いえ、自分で買いに行きます! どこの国ですか?」
「いや、貧乏貴族には買えないだろうな」
「ええ~~? そうか、高価なんだ……」
その時、また深くため息ついた彼が言った。
「まぁいい。やるよ、持っていけ」
「えっ!?」
「男の部屋に来て何もせず、土産まで渡される。いい身分だな」
「そういう言い方しないでください……。なにかお返しできるものがあったら、したいとは思っています」
「出世払いで、とか言うんだろ」
「ええ、出世のアテはないけれど、それで」
本当にラッキー。でも今の部屋には大きすぎて使えないわね。出世して広い部屋に住まないと!
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