⑥ 真夜中のキルメスデート
本当に夢みたいだ。こんな高貴な人が、こんな片田舎にぽつんと建つ平屋の部屋にいるなんて。
「この間の仕返しだ。夜這いの作法というものを見せつけに来た」
「意味がわかりませんが、私に会いに来られたのですか?」
「お前じゃなければ誰なんだ」
「私じゃなければ……私の祖父、とか?」
「お前の祖父さん夜這いしに来てどうする」
「どうして私がここにいると」
「お前の一時帰宅を世話したという馬屋番に銀貨掴ませた」
「個人情報っ!!」
それにしても、これはもしや絶対絶命? こんな夜更けに、異性とふたりきり……。
「とりあえず脱げ」
「い、嫌です! 結婚する相手としかそういうことはしないって決め……」
「それから、これを着ろ」
彼は窓から御者が渡した袋を私に投げた。軽い袋だ。
「これは?」
袋を開けたら、でろーんとドレスが出てきた。
「それなりに動きやすい衣裳だ。着替えたら出てこい」
彼はそう言って部屋を出ていった。それはマーメイドラインの、羽のように軽いドレスだった。
「こんな夜更けにこんなお洒落なものを着て、私はどこへ連れてゆかれるのですか?」
戸惑う私を彼は馬車に乗せた。
「着いてからのお楽しみだ。多少時間がかかる、寝ててもいいぞ」
「では、寝ます」
寝るところだったのだもの。私は馬車の揺れが心地よく、すぐにも彼の肩に寄りかかり眠りこけてしまった。
**
目覚めたら現在の私は、彼の両腕に抱きかかえられている。
「えっ? 何? ここはどこ?」
辺りは暗闇の屋外。両脇を囲むのは木々、そよ風が吹き抜けて葉ずれの音が聞こえる。そんな中、私を抱えた彼は無言で前進する。
「!?」
少し進路を曲がったところ、急にまばゆい光が刺し込んできた。いったん目を閉じ彼の胸元にしがみつく。おそるおそる目を開けると、視界に入ってきたのは。
「たくさんの……灯?」
木組みの大きな、棚のような装置にたくさん、ランプが設置されている。
「ここは、森の中、ですか?」
「やっと頭、起きたか? 自分で歩けるな」
彼が私をていねいに下ろす。私は小走りで前方に出た。森の木々に囲まれた空き地に、たくさんのランプの灯が浮かび、とても幻想的な景色だ。その先に、私は円を作る木馬たちを見つけた。
「それさ、走るんだよ」
「え? 木なのに?」
「乗ってみろ」
言われるままに跨った。彼はそこで御者に何かを指図した。すると、おもむろに動き出す木馬。
「わぁ! 走りだした!」
なんと、木馬がその場で揺れるだけではなくて、5匹の馬がいっせいに走っている。風を切ってとても気持ちいい。
しばらく身を委ねていたら。
「えっと、あの、ちょっと、目が回ってきましたぁ~~」
すぐにも止められた。近くのベンチで休憩となる。
「大丈夫か?」
「ええ、夜風が気持ちいいです。ここはいったい何なのですか?」
「子どもたちが喜ぶと思って、作ってみた」
「あなたがお造りになったの?」
「造ったのは大工な」
「でも子どもがいませんが」
「まだ作り始めたところだし、今日は貸し切りだ」
どうして、私をここに? と聞こうとした瞬間、目に飛び込んできた。ある大きなものが。
「車輪!? なんだか廻りそうな車輪があります!」
私は指をさして駆け寄った。私の背丈の何倍もありそうな、大きな車輪に椅子が付いている。
後ろからやって来て彼は言った。
「これも人力で廻るんだ。そこに座れ」
私は下側の椅子に腰掛けた。
「もっと端に寄れ」
「え、一緒にですか?」
「文句あるか」
「きついです」
「子ども2・3人用だからな」
その時、彼の家来たちの頑張りで車輪が動き出した。
「わぁ!」
またもや私は驚いた。だってふわっと浮かんだのだ。
「と、飛んでます! 私、空を……」
「ちゃんとそっち掴まれ」
下の灯りがきらきらして星々の絨毯を敷いた宙を飛んでいるみたい。
「うわぁ高い! 空の星もすごく近い」
「そこまで高くねえよ」
彼は笑った。でも今度はだんだん下に向かっている。
「もっと上にいたいんですけど」
「お前の目がまわるまで、何度でも上まで行くから」
私はとてつもない爽快感をおぼえた。その中で、こっそり彼の横顔を見た。
ちょっと満足げな顔? 一体この人は何を考えているのだろう。
「気に入ったか?」
「え、ええ。まるで現実ではないような景色の中で、思い煩っていることが、どうでもよくなる瞬間がありました」
「なら良かった」
まさか、私のあの時の嘆きを聞いて励まそうとしてくれたの? 少し知り合っただけの私をわざわざ?
「この間は、逃げ帰るのは嫌だと言いましたが、田舎の家に帰ってみて、やっぱり私はこういった空気の中暮らすのが、性に合っていると感じました。王宮での事はもうなにもかも、夢だったと思うのが楽でいいかも、なんて……」
「ふぅん。いいんじゃないかそれで」
「ああ、風が本当に気持ちいいです。ふわふわして、また眠くなってきましたぁ……」
「寝てもいいぜ。ちゃんと帰してやるよ」
「もう、あんなふうに抱きかかえられるのは、恥ずかしいです……」
私はまた彼に寄りかかって寝入ってしまった。
***
「えっ……ええええ――――!!」
なんてことだ。
朝、カーテンの隙間から差し込む暖かな光と小鳥のさえずりにより目覚めた私は、なんとも豪奢な部屋の豪奢なベッドの上で、下着だけを着用していた。
「起きたか。朝から騒々しいな」
「エ、エ、エ、エルネスト様……」
私はともかく肌を隠そうと毛布にくるまった。彼は身支度整った風体で、椅子に腰かけ小さな書本を読んでいたようだ。
「こっこれはいったい……。どうして私は下着姿なのですか……?」
「ああ? ドレスのまま寝るわけにいかないだろう?」
「そ、それはそうだけど……」
そこで私はベッドの頭にふたつある枕に気付く。もう、まったく声にならない悲鳴を上げてしまった。
「ちゃんと帰してくれるって言ったじゃないですか!」
「だってお前の家、鍵かけてきただろう? 入れねえよ」
「貴重品はあなたの家来の方にお預けしました!」
「そうだったか?」
彼は薄ら笑いを見せた。絶対わざとだ!
「まぁ、男の前で安易に寝顔を見せたなら、こうなっても仕方ないと心得るんだな」
「こっ、こうなってもって、どうなってしまったのでしょう!?」
また彼はにやりとした。そして私の面前にやってきて、フェイスラインを撫で――。
「昨夜のお前は可愛かったよ」
「っ……!!」
「なわけあるか。完全熟睡でひとかけらの可愛げもなかったわ」
「へ? なにもない? “新婚初夜に伴侶へ捧げる私”は無事だったのですね!?」
「……本当に可愛げねえな」
「?」
いったん離れたと思った彼の顔が、私のすぐ目の前に迫ってくる――?
その時だ。ここのドアをノックする音が聞こえたのだった。
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