⑤ 海の中だってお客様は神様です
禍々しい気配を見せつける魔女に、気圧されている場合ではない。
「は、初めまして。私はアリア・スカーレットと申します。あなたは海の魔女ですね?」
「いかにも。陸の者がこんな海の僻地に何をしに来た?」
「?? 何しに来たんだっけ?」
私は慌てて自分の口に手を当てた。隙を見せてはいけない。獲って喰われる。
思い出せ思い出せ。この人は何をしてくれる人なんだっけ?
「ああっそうそう! 最近、私の生活圏内に、この世のものとは思えないほどの美少女が現れたんですけど、彼女の素性をご存じですよね?」
自分で質問しておいてなんだけど、なにこのアバウトな問いは?
「知らぬでもない。それは金色の髪の、声を失った乙女であろう?」
「まさしくその通りです! 教えてください、彼女はいったい何者なのか」
「教えてやっても良いが、その情報との引き換えに、お前は何を差し出す?」
「えっ……」
「まさか無償で情報を差し出せというのではあるまいな?」
そうだった、相手は魔女。聖女と魔女の力は同質。だけれど、その在り方は真逆なのだ。聖女は自身のエナジーを犠牲にその力を放出するところ、魔女は他者のエナジーを食い物にする。
「今は持ち合わせがないわ。出世払いにしてもらえないかしら?」
ちょっと偉そうに言ってみた。下手に出たら底なしにふっかけられそうな気がして。
「まぁ良いだろう。きっとお前は情報以上の要望が出てくるだろうから、またその時に要する物を考えておく」
ええーん、とても怖いけど、とりあえず情報もらったら即とんずらしてやろう。あれ、どうやって帰ればいいのだっけ?
「あの娘は、海底の国で暮らす人魚なのだ」
「人、魚……。でも、彼女にはちゃんと足がありました!」
「お前は本当に何も知らず私の処へやって来たのか。私の魔術であの娘は人間の足を手に入れたのだよ」
「え?」
「娘は人間に恋をしてしまったのさ。船の上で黄昏れる美しい王子に。いや、人間そのものに、かもしれないな」
「なんてこと! いくら恋したからって! 海の生きものが異種族である人間に変化するなんて、その代償には特大のエナジーが必要でしょう! あなたは彼女から何を奪っ……」
だから彼女は声を出せない!! すとんと腑に落ちた。声を犠牲にしてまでも彼女は……。でも、あの美しい王子に見染められるなら、私だってそれくらいは。
「しかし、私は計算違いをしてしまった」
「計算違い?」
「実はな、彼女の恋が成就してしまったのだ」
「ん? 彼女の恋が実るようにとあなたは協力体制だったのでは?」
まぁ報酬が目当てだとしても。
「あの人魚の家の者は代々私のお得意様なのだよ。何か望みが湧き上がるたびに、ここにエナジーを捧げに来る」
「つまり?」
「恋が成就しなければ、娘は悲嘆に暮れる。すると彼女を大事に思う姉たちが、彼女を人魚に戻すよう、ここにエナジーを捧げに来る。それが私のシナリオだったのさ」
「人魚に戻れるの?」
「そのための、魔力を込めた短剣をもう用意してある」
私は彼女の指さす方、部屋の壁に掲げてある剣を目に入れた。
「これで彼女が王子を刺し、その血を浴びれば無事、人魚に戻る」
「刺すって……」
物騒な話に身の毛がよだった。
「そして人魚に戻った彼女はまた私のお得意様に戻る」
顧客の循環すらも考えているのか。
「しかしこれでは下手な商売だ」
「それならっ! 私が彼女を人魚に戻す。私は正体不明の彼女を元居た処に帰したくて、あなたの元に来たのだもの!」
私は大胆なことを申し出た。ある意味魔女と、共同戦線を張ろうというのだ。
「お前が王子を刺してその血を人魚に浴びせるというのか?」
「うっ……それはだめ、彼は死なせない。なんか他に方法はないの? 他の魔具は?」
「今は考案がないな。まぁお前が客になるというなら、多少の値引きはしよう」
「しゅ、出世払いで……。でも私は今、立場的に、窮地に陥っているというか、王宮に居続けるのも厳しいのよね……」
「なら試しにひとつ魔具を貸し出そう。魔具すらまともに扱えない客では話にならないからな。手を出せ」
そう言いながら、魔女が大蛇貝の殻を私の手にぽんと置いた。
「無料!?」
「ちゃんと返せよ」
「はい……」
でも、これ、何? 何に使うの?
……あっ!
その貝殻を見つめていたら、そこから光が放たれ目を閉じた瞬間、私は自室に戻された。
「いや、使い方を何も説明せずって……」
私は貝殻を耳に当ててみた。
「波の音が聴こえてくる……」
***
結局私は王宮をひとまず去り、家に戻った。と言っても、スカーレットの実家ではなく、母方の祖父の家に。
森の近くの、平民の平屋だ。ここで少し心を落ち着かせたい。毎日近くの湖へ散歩に出たりして、穏やかに暮らしたい。戦いに出る前の休息のつもりでいたが、静かな日々に慣れると、もうこのままここで、癒しの力を使いながら生計を立てていこうか、なんて考えが頭をよぎる。そのうち町の同年代の男性を紹介してもらって……。この夜も私はそんなことを思いながら、寝床に入った。
まさに寝入るというその頃、寝室の木窓がギィギィと音を立てる。一度は風かと思ったが、それからギーッと戸が開き、ぞくっとした私は上半身を起こしてそこに目をやった。すると窓からのっそり出てくる人影が。
「やっ……。だ、誰か……」
強盗だろうか。こんな何もない家に!?
しかし今夜は祖父が街に買い物に出ていて、ここには私だけ。大声を上げても隣の家まで聞こえない辺鄙な処。私は慌てて隅っこに立てかけておいたホウキを手にした。
そして目をつぶったまま振りかぶって――。
「!」
受け止められた! どうしよう、捕まって、殺される――。
「おい。目を開けろ。いきなり殴り掛かってくるなんて物騒だな」
――――え? ……聞き覚えのあるその声は。
「エルネスト様!?」
「よう」
私は目を疑った。この暗闇だ、目に映る彼は何かの間違いではないか。しかし大きな背丈にも関わらず、なんとか窓を潜り抜け、彼は室内に入ってきた。
「エルネスト様……本当に? どうして、こんなところに……」
なんだか夢をみてるようだ。
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