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④ 聖女と魔女の対面

 初対面の人にまで諭されてしまったけれど……。


「嫌です。こんな汚名を着せられたまま、すごすごと逃げ帰るのは! ……あら?」

 その時私は、彼の首元にひっかき傷と内出血のあざを見つけた。


「怪我をなさってる。そこ」

「ああ、子猫たちがケンカしてな。そのとばっちりをくらった」

 ふーん、女性たちに取り合われたのね。


「ちょっと失礼」

 私の癒しの力で手当てを。


「ん、いま一瞬、熱を感じたが……」

「傷、消えましたよ」

「ああ、そういえばお前、聖女なんだっけか?」


「代々そう呼ばれています。それで私は他のご令嬢を出し抜いて、王子の婚約者の席に一度は収まりました。なので王子に捨てられたとなれば、ここぞとばかりに叩かれても仕方ないですよね」

「それも頭脳や容姿と同様にひとつの才能のはずだがな。むしろ、その力目当てにお前を欲する者も多いんじゃないか?」

「今までは王子がそういうのから守ってくれていました。これからは分かりません。今はどうせ、ものすごく嫌われ者ですし」

「まぁそんな便利な力、妬まれるのも当然か」

 彼はまた同情のため息を漏らした。


「便利なだけではないです。代償がありますから。私はアンドリュー様をお助けするのに、余生の4分の1を差し出しましたの」

「は? どういうことだそれは?」


 彼が意外なほど真面目な顔で尋ねてきたので、私は聖女の治癒力のからくりを説明した。


「なんだそれは。ってことは今の、俺の傷も……」

「それくらいでしたら命数秒分なので誤差です、誤差。もちろん塵も積もれば、ですけど」

「そんな自分を犠牲にするようなことはするな」

「…………」

 え、なんだか、とても真剣な顔、声の響き……。


「でも、この血を受け継いだということは、やはり使命であると思うのです。もし、病で苦しむ人がいたら命を分け与えたいと、心の奥底から感情が溢れてくるのです」

「そうか。……それでも乱発はするな。自分の命を大事にしろ」

「は、はぁ……」

 たった今会話を交わした、ほぼ初対面の他人のことなのに、なんだかよく分からない人。


「で、夜這いに来たんだったな。なら、やるか」

「えっ……ええええ!」

 彼は私の顔を寄せて唇を突き出してきた。それを慌てて手で押しだす私。


「なんでそうなるんですか! アンドリュー様のところに来たんですってば!」

「部屋違いだろうと人違いだろうと、女に寝床へ忍び込まれ何もせず帰したなんて知れたら、とんだ笑いものだろう?」


「誰にも言いませんから! というか誰にも言わないでください!!」

 私は慌てて唇を口に隠し、顔を背けた。すると彼はぶはっと噴き出すのだった。


「なんて顔してるんだ!」

「だだだだって、初めてのキスは結婚する人とって……」

「は? なにお前、キスもしたことないのに男の部屋に夜這いだ?」

 もうどうしようもなく「あほなの?」って顔をされている。


「ビギナーズラックでどうにかなるかな、という甘い考えで来てしまいました……」

 白状させられてしまった。

「そんなラックねえよ」


 ともかく逃がしてもらえるらしい。「以後船上で夜這い禁止」という条件付きで。

「それでは失礼しました」

「おう」

 一礼をし、彼のところから退室する。ミッションはあっけなく失敗に終わった。


 私はその場でうなだれた。もはや打つ手なしか。


 とぼとぼとそこらの物置に入って、隅っこでうずくまって寝る。パーティーの招待客じゃないから部屋もない。アンドリュー様のベッドで寝れば、い・い・の~~。とか思っていた自分を殴りたい。


 そういえば、ほぼ初めて言葉を交わしたシルヴェスタ家のエルネスト様。真面目な人なのかそうでもないのか、よく分からない人だけど、思い出した。あまり噂話は好きではないし、聞こえてきた情報を私が覚えているのもなんだけど。

 確か、子どもの頃からの婚約者を病で亡くされているとか。3年前に亡くされてから、新たな縁談も受けずにおひとりでいらっしゃるとか、そのお方の名前は……、さすがにそこまでは覚えてない。ともかく、それはとてもお気の毒な話よね……。





 私は日も高くなってから目覚めた。船を降り、王宮の片隅にある自室に戻った。


「鏡よ鏡! 失敗しちゃいましたけど! 何か次の手は!」

 こんな私の味方になってくれるのは、もうこの鏡しか。


『あなたはその金髪の少女のことを何も知らない。そうですよね?』

「え、ええ、そうね。ただの儚げ美少女だと思っていたら、言語をさっと理解する才女だったと知ったわ」


『敵を知り、己を知れば百戦危うからず、と言います。あなたに足りないのはリサーチ力です』

「なんかよく分からないけど、彼女のことを調べればいいのね? 誰か教えてくれる人はいないかしら」


 王子に聞くわけにもいかないし、いやエルネスト様にはべらべら喋ったようだけど、私には話してなんてくれないだろう。尋ねようものなら疑いをもたれ不利になるのは私だ。


『彼女は外の世界から来た者です。王宮内で彼女の素性を知る者はいないでしょう』

「じゃあ誰が知ってるというの!」

『海の魔女です』

「……は?」


『彼女は海の魔女の手を借りて、王子の前に現れることができたのです』

「ちょっと話がみえないけど……。ねぇ、鏡……あなたが彼女の素性知ってたんじゃないの!」

 そうなら最初から言ってよ!!


「彼女は海から来たの? 海の世界にいた人?」

『詳しくは~~海の魔女に聞いてください~~』

 もったいぶって!


「海の魔女って、海底にいるのでしょ。私、泳げないから会いに行けないわ」

『あなたは魔女と同質の力を持っているのですから。海から潜って行くのではなく、私を通じて会いに行けますよ、魔女の住処へ』

「そうなの!?」

『ええ、早速どうぞ』

「さっそく……?」


『ようこそ、鏡の世界へ』

「!?」


 そう鏡が呪文の如く唱えると、そこから強烈な光が放たれ、一瞬目の眩んだ私は否応なしにそれに包まれた。そしてそこに吸い込まれるように私の身体はふわっと浮かび、飛ばされていったのだった。




「え、何? ここはいったい……」


 気付くとそこは毒々しい色の壁の部屋。目の前にいるのは、毒々しい色の肌と髪の、往年の女性……まさか、これが。

「海の魔女……」

「ほう、陸の上からの来訪者か」


 ちょっとちょっと鏡! 何の準備もなく急に送ってくれて!


「私に何か用か……?」


 蛇のような眼光、逆立つ禍々しいオーラ。

 海の魔女、迫力あるぅ~~!




まるで職員室から退室する小学生のように男性の寝室から出ていくアリアでした。


お読みくださいましてありがとうございます。

ブクマ、評価、感想ダメ出しなど、励みにさせていただきます。(拝)


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― 新着の感想 ―
[良い点] エルネスト様は紳士じゃのう。 [気になる点] この鏡ははたして信用していいのか? なんでも答える鏡がリサーチ力を説くとか⋯⋯
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