③ 恐るべし空蝉の術……?
私はベッドの掛け物をぺろっとめくり、ごそごそとそこへ潜り込んだ。
さて何をどうすればいいのだろう。隣でぴとっとくっついて寝てればいいのかな。
「…………」
体感3分ほど、ぴとっとしてみたが、何の反応もない。
ははん、さては熟睡ね。じゃあ次の手は? 起きてもらうために乗っかってみようか。
私は彼の膝をまたいで腰を落としてみた。そしてここからは?
暗くて何も見えないけど、きっとそうだ、これはよく言われる「生まれたままの姿で」どうこうしなくてはいけないのだ。
いやぁ……脱ぐのはさすがに恥ずかしいな。私の服はまぁおいおいということで、ちょっとだけ彼を脱がしてみよう。
「ちょっと失礼しますよ~~……」
寝巻の襟元を開けてみた。なんというかもう、未知の世界である。ちょっと触っていいかしら。
「きゃ―」
胸をつっついてみたら、固いっ。男の人の胸、固いっ。おお~~平らだ……。
その時、彼の両腕が下から伸びて、
「……えっ?」
急に私を捕まえ、抱き寄せた。
「やっ……」
私は一瞬、本気で焦ったが、そういえばそういうミッションでここに来たのだ。これは想定内のはずだ。
が、胸がどくどくどくどくいって、身体が金縛りにあったよう。手が震えて力が入らない。
どうしようっ……。
「う―ん……。ジョゼフィーヌ……?」
ん? 今、ジョゼフィーヌって……。誰? あの金髪の娘はそういう名前だったっけ?
私はすぐそばの、彼の顔をちらりと見た。
「あれ……?」
暗がりだけど、うっすら見える彼の顔は……王子じゃない、ような。
私は固まった。冷汗が噴き出る。今の声、王子にしては低い、ような。
誰!? 私は顔をちょっと離してみた。
――――アンドリュー様と違う!!
私は、私の背中まで腕を回すこの人物から逃げようとした。しかし寝ているはずなのに、けっこうな力だ。
腕を外そうともがき、まず上半身を起こす。そしてこの人物にまたがった左足を持ち上げたら、膝が彼の身体に引っ掛かってバランスを崩してしまった。――すると。
「痛ぇっ!!」
大きな声が上がり、私はびくっとした。
「んんんっ!?」
私は何が起こったのか分からなかった。
「そこ! どけ!」
「えっ? えっ??」
「お前が踏んでるそれっ。早くっ」
「ふ、踏んでる……??」
私は周りがろくに見えないので、とにかく急いで全身を横にずらしてみた。それから、私のひじがあったところを手探りしたら。
「髪の毛……」
細いひと束の髪の毛がそこに。私はつい、それを手に取った。
なぜ、髪が? これ、片手で軽く掴める程度の毛量。
そういえばアンドリュー様に紹介された王族の男性で、短髪なのに、うなじの部分の髪だけがやたら長い方がいたような。背のすらっと高い、鋭い目つきの、群青の髪と瞳がきらきらした……。
そこでベッドの人物が起き上がり、枕元の灯りを付けた。その瞬間、色があらわになる。
「群青の、髪……」
「なんだ、お前は? こんな夜更けに他人の寝室に忍び込んで、タダで帰れると思うなよ」
彼のギロっとした、冷たい青い目で睨みつけられ、私はさっきとは比べ物にならないほどに硬直した……。
***
「ご、ごごご、ごめっごめんなさ……」
「お前、知らない顔だが、会ったことあるか?」
質しながら彼は、私の頬を片手で包んで寄せようとした。
「わっ私は、スカーレット男爵家の娘アリア、怪しい者ではございませんっ……」
紹介もされてるはずですっ。でも奇襲を仕掛けといて自称怪しくない者というのも。気まずくて汗がどくどくこぼれ落ちる。
「俺に何の用だ? 暗殺? 強盗? 誘拐? 夜這い?」
「た、たぶんその中では4の夜這いですが、あなたに用ではないです~~っ」
もう泣けてくる。果たして無事に帰してもらえるのか。
「はぁ? 起こしただけでは飽き足らず、髪の毛踏んづけておいて何だその言い草は」
「何だはこちらが言いたいですっ。ここはアンドリュー様の寝室でしょう!?」
彼はまた私をじっと睨みつけ、そして大きな溜め息をつく。そのおかげか私は多少、気が落ち着いた。だからか思い出した。
こちらの男性は王子に一度紹介された、王子のいとこ、エルネスト・シルヴェスタ様。王位継承権は確か4位だったか。とても涼し気な顔立ち、しゅっとしたいで立ちで、静かな迫力のある雰囲気をまとい、気品と無骨さのバランスが絶妙にいい、そんな印象を受ける。もちろん女性たちの憧れの的で、取り沙汰される話題に事欠かない。
「どうしてあなた様がこちらに? はっ。これはまさか、遠い国の恋物語にあった、“うつせみの術”!?」
「なんだそれ」
「さる深窓の姫が王子の夜這いをかわすために、身代わりをそこに置いて逃げる、という作戦ですっ。どうして私の奇襲がアンドリュー様に察知されたのかしら……」
「いや、単にあいつは部屋を変えただけだぞ。だから俺がここを譲り受けた」
「え? どうして?」
「もっと大きいベッドがある部屋のがいいとかで……ああ」
彼は「あ、口が滑った」と言わんばかりに、手で口を覆った。
「どうして……王子は私という婚約者がありながら、声の出せない子を選んだの……。会話ができないんじゃ性格も分からないし、頭の出来だって。やっぱり顔なんだ……。王子もやっぱり超絶美少女が良いんだ……」
「いや、あいつら、会話してたぞ?」
「え?」
「筆談と手話で」
えっ?? 何それ聞いてません。
「あれはただ顔だけの娘じゃないぞ。アンドリューの気を引くために短時間でこの国の読み書きをマスターしたようだ。なおかつ、あいつを巻き込んで手話を習い、話してみたら相当博識らしい」
王子がのろけて彼にべらべらしゃべったとか。ともかく、人は見た目じゃないんですね……。
「極めつけに、ベッドでもなかなか……ああ、これはいいか」
見た目以外も私は敵わないの……。
「あの子さえ現れなければ、私はまだ王子の婚約者で……社交界で虐げられることもなく……。どうして私がこんな目に……」
どうしようもなく涙がこぼれ落ちた。人前なのに。すると目の前の貴公子は、私の頭をぽんぽんと撫でる。
「お前、そんなこと言いながらどうしてまだ王宮にいるんだ?」
「あなたのところにも私の噂は聞こえているでしょう。でも濡れ衣なんです。私は誓って心変わりなんてしてませんし……」
「そうだろうな」
「信じてくださるの?」
「だってお前あれだろ、社交の場でいつも陰からちらちらとあいつ見つめて、変な空気放ってた奴だ」
さっき知らない顔とおっしゃったじゃないですか。変な空気とか言われてるし。
「婚約者が何やってんだと思ったから、多少は思い出したわ」
「だって、私はこじんまりした男爵家の出ですし、王子を囲む社交界のきらびやかな方々が苦手です。王子が手招きしてくれなければ、近付くこともできませんでした……」
「それならなおのこと、家に帰った方がいいんじゃないか。こんな状況、俺一人が信じたところで、何も変わらねえよ」
彼は呆れながら私を諭すのだった。
お読みくださいましてありがとうございます。
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先日、完結した拙作なのですが
『神に愛でられし巫女は人を想って国を救う』
https://ncode.syosetu.com/n6370hf/
こちらもぜひ目を通していただけましたら嬉しいです。




