② 手練手管って何ですの??
壁に掛かった大きな鏡は答える。
『次の満月の夜、王子の乗った船が難破し、彼は瀕死で海岸に打ち上げられます。そこへ出向き彼を介抱すれば、きっと彼はあなたを命の恩人とみなし、求愛してくることでしょう』
これは、この治癒の力と共に受け継がれた魔法の鏡。何を質問しても的確な答えを示してくれる。
もちろん本当に鏡が話せるわけではない。聖なる力を持つ娘にはこう聞こえるというだけ。
それじゃ魔女ではないか、と思われるかもしれないが、聖女と魔女など紙一重。怪我に手を当てささっと治す分かりやすいのが聖女、ぽこぽこと沸騰する薬を混ぜているのが魔女、それだけの違いだ。
「満月の夜ね。でも、溺れて瀕死か……。瀕死の人を救うには、私の余生の4分の1を消費する……。まぁいいや、太く短く生きなきゃね!」
治癒の力は聖女本人の生命エナジーを使う。とはいっても小さな怪我を治すくらいなら数秒から数十秒。病なら数分、数十分。もちろん繰り返していればどんどん余生は削られるので、聖女は基本短命だ。
それでも構わない。それが生まれてきた意味なのだろうし、実際、聖女は血を継ぐ娘を生んだ瞬間から、徐々にその力が弱まっていくのだ。
私は満月の夜、海岸をきょろきょろ見渡しながら歩いていた。すると鏡の教えどおり、王子が足元に倒れているではないか。
私は余生の4分の1の力を放出し、彼の意識を、血の巡りを復活させた。彼は目を開け、おもむろに起き上がり……。
「!」
彼の顔を見たら、私の胸は急速に高鳴った。今の今までこんな美形を見たことがない。
「君が助けてくれたんだね?」
「は、はいっ……」
「ありがとう。君は命の恩人だ。ぜひ僕の花嫁になってくれないか」
即、受諾した。真夜中の海岸で幸福の鐘が鳴り渡る――。
なのになのになのに。どうしてこんなことになってしまったの。
あの美少女を紹介されたとき、変だと思いました。なぜ拾っただけの娘を王子が面倒見る、なんてことになっているのか。
あーあー美少女に一目惚れしちゃったわけですか! 出自不明の、声も出せない少女ですよ? どうやってコミュニケーション取るの? まさか、それがよりミステリアスな魅力に繋がっている、とでもいうのかしら。
どうすれば彼を取り戻せる? こんな経験初めてだもの、どうすればいいかなんてさっぱり……。
その後すぐにも、王子と私が婚約解消したとの噂が出回った。そしてそれより3日遅れで、更なる噂が社交界を駆け巡る。
それは「アリア・スカーレットが王子を裏切って不貞を働き、そして婚約破棄を突き付けた」「にも関わらず図々しくも王宮に居座っている」というものだ。
これでは聖女どころか完全に悪女。それから私はやんごとなき方々の間で、軽蔑侮蔑のまなざしに晒される日々。王宮を歩いていればこれみよがしに悪口をささやかれ、障害物で転ばされ、所持品を盗まれ、あまつさえ脅迫状が届き……。
一気に立場を失い、追い詰められた。
元々私は、それほど社交界に受け入れられた王子の婚約者ではなかった。なぜなら私の家は小さな男爵家だから。王子の婚約者候補としてもっと位の高い家の出のお嬢様方が、列を作っていたところに飛び込んでしまったのだ。
それでも王子は守ってくれていた。私は命の恩人なのだから……。
「いたぁっ!!」
その時、私は思いきり転んだ。まぁ、ぼーっとしてたのもあるけど、これは絶対、他人のしわざ。
誰がまた引っ掛け罠を? 顔を上げると、くすくすと笑って逃げていく令嬢が3人。あいつらか。もうこれ何度目だろう。私は痛む足首を庇いながら起き上がろうとした。
「お手をどうぞ」
そんな私に手を差し出す人物が。思わず目の前の、その女性の手を取った。
「くだらないことをなさる方々もいるものですわね」
確かこの方は、限りなく王族に近い、現宰相の家のご令嬢パトリシア・ベネット様。多くの同年代貴族に一目置かれる才色兼備のお嬢様で、そういえば彼女も王子の婚約者候補のひとりだったかな?
「それでは」
「あ、お気遣いありがとうございました」
手をとってくれるだけでも有難いものだ。連れだと思われたくなくて、みんな私を避けてるのだから。こうやって手を差し伸べることができる人って言うのは、それだけ確固たる地位があるってことで……羨ましい。
もうどうすればいいの。早く実家に戻ればいいの? 王宮から追放じゃなくて、自主的に帰った方が外聞も悪くないという、王子の計らいだから?
でもこんなの納得がいかない。ここで諦めて逃げるわけにいかない。あんな噂を流したのは誰? もしかして、アンドリュー様? 新しい彼女を守りたくて??
そんなの酷すぎる。あの綺麗な彼女はきっと、男を虜にする魔女なのだ。魔女の魔法がとければ、アンドリュー様はまた私を見てくれるはず。
噂を流した張本人だと彼を責めて更なる袋小路に迷い込むより、彼の心を取り戻せば、きっと彼が否定してくれる。
***
「鏡よ鏡、彼の心を取り戻す方法を教えて!」
『あちらは超絶美少女ですからねぇ』
どうせ私はそこそこの女だ。それじゃ美少女にはどうやっても敵わないの?
『こうなったら肉弾戦はいかがでしょう』
「に、にく……?」
『彼の寝室に潜り込んで、あなたの手練手管で骨抜きにしてしまうのです……』
「てっ、てれん……?」
『まだそれを試したことはないのでしょう?』
「そ、そうね」
『未開の作戦にこそ、勝機は眠っています』
「そうなんだ!? そうか、その手があったか! 相手は王子と言えども多感なお年頃の男性なんだもの! ……でもそれ、ぶっつけ本番でどうにかなるものかしら?」
でも私、今、何も失うものはないのだし、この状況を打破するためならなんだってする。
「ありがとう鏡! 今夜決行よ!」
今宵も船上パーティーだ。王子の婚約者という肩書を失った私は参加資格もないので、船にはちゃっかり乗り込んだが、そのまま抜き足差し足で彼の寝室の方へ向かう。
今夜のミッションは、寝室への強行突破。そして手練手管的な何か。彼もパーティーはいつも早引けするので、そろそろね。
私はそのドアノブに手を掛けた。
「部屋の鍵もかかってない……」
船上で何が起こるということもないのだ、不用心というほどのことでもない。
でも、私が今からそこで何か起こしちゃうんだから!
私は下に着こんでおいた寝巻一枚で入室し、ベッドに寄っていった。
「アンドリュー様……もうお休みですか?」
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