旅の準備
(この猫耳おじいさんが、この村の村長さん…?)
「なんじゃ。わしが村長であるということに不服があるのかの」
「い、いやあ…」
適当に苦笑いをして受け流すことにしました。
「…まあよい。それよりも今は、そこの小さなお嬢さんのことについて考えるのが先決じゃな」
すると、村長さんはリーリエに向き合って優しく問いかけました。
「お嬢さんよ、おぬしの名前を教えてくれぬか?」
「リーリエ」
「ほう、リーリエと言うのか。よい名じゃ。…リーリエよ、そなたに聞きたい事がある。おぬしの両親や住んでる場所について、何か覚えているものがもしあれば教えてはくれぬか」
しかし、リーリエはうつむいて、力なく首を横に振ってしまいました。
「ふうむ、本人から何も情報が聞き出せないとなると、彼女の家を探し出すのは困難を極めてしまうのう…」
「そうですか…」
村長さんでも分からず、お手上げ状態になってしまったと思ったその時、村長さんがある提案をしてきました。
「お嬢さんよ。望みは薄いかもしれないが、この村より遥か東にあるホロウスという国を訪ねてみると言うのはどうじゃろうか。ホロウスは世界有数の巨大な国。何か手掛かりが見つかる可能性も、あるやもしれぬ」
「ホロウス、ですか」
村長さんが提案してくれた場所。
唯一の手掛かり。
そこに行ったとしても、何も見つからない可能性の方が高い。
けれども、ここで何もせずに右往左往してるよりかはずっとマシだと私は思いました。
「ねえ、リーリエ。これから村長さんが言ってたホロウスって所に行こうと思うのだけど、リーリエはどうする?」
リーリエに向き直って、聞きました。
「私はゆかちゃんについていく。ゆかちゃんのこと、信じてるもん」
彼女は微笑みながらそう言ってくれました。
「二人の心は、決まったようじゃな」
「はい。何も得られないかもしれないけど─それでも、行ってみます」
「おお、そうか。ならば、善は急げ……と言いたいところなのじゃが、如何せんホロウスはそう近くない場所にある。おぬしら二人で行かせるのはどうにも心許ない。しかし、だからと言って村長であるわしがついて行く訳にもゆかぬ。一体どうしたのものか…」
村長さんが苦悩していたその時。
「話は聞かせてもらった。そういう事なら、俺が二人を送り届けるぜ」
男の人の声が聞こえました。
振り返ると、知らない青年が、こちらを見ながら立っていました。
よく見ると、頭の艶やかな黒髪に埋もれるように、猫耳がくっ付いていました。
「おお、リオデ殿ではないか。実際にホロウスに行ったことのあるおぬしが送り届けてくれるのなら、二人は安心じゃな」
このいきなり出てきたリオデという青年に信頼を寄せているのか、村長さんは安心しきった様子でした。
「この二人は、俺が責任を持ってホロウスまで送り届ける。それに、ちょうどホロウスに用事があったんだ」
「ほう、そうであったか。おぬしら二人よ、ここで彼に会えたのも何かの縁。是非とも彼も一緒に連れて行ってはくれまいか」
「は、はあ」
「まあそう渋るな。リオデは信用できる奴じゃ。わしが保証するぞい」
(このリオデって人、正直まだそこまで信用出来ない。けど、村長さんがここまで言ってるんだし、きっと大丈夫だよね)
すると、リオデと呼ばれたその青年は、私たちを見て言いました。
「村長さんも言ってた通り、俺の名前はリオデだ。よろしくな。えっと、そこの金髪のチビ助の名前はリーリエだったか。なら、あんたの名前、教えてくれないか」
「あ、はい。えっと、ゆかりって言います」
「ゆかりか。俺が二人をホロウスまでエスコートさせてもらう。二人とも、大舟に乗ったつもりでいてくれよな」
「は、はい」
「………」
リーリエはチビ助という呼ばれ方が嫌だったのか、ぷいっとそっぽを向いてしまいました。
「ありゃ、機嫌損ねちまったか。…分かったよ、もうチビ助って呼んだりしねえ。だから顔を見せてくれよ、リーリエ」
「………」
リーリエは黙りこくりながらもリオデの方をチラリと向いてくれました。
しかし、その目は、リオデをきっと睨みつけていました。
「うお、簡単には許して貰えなさそうだな…」
彼は諦めたような口調でそう言いました。
「ホロウスに向かうとしても今日はもう日没が近い。今日はわしの家で休み、明日ホロウスへ向かうとよいじゃろう」
「村長さん、いいんですか?」
「ああ、気にするな。早速、わしの家に案内しよう。ついてまいれ」
村長さんについて行くと、二階建ての家に案内されました。
「ここじゃ。二人とも先に中に入ってよいぞ。部屋は二階の空き部屋を使うのじゃ。わしはリオデと少し話をしてから行くからの」
「分かりました」
リーリエと手を繋ぎながら一緒に上がらせてもらいました。
「…リオデよ、お主もあの子のこと、薄々気づいておるな?」
「…あの子、ゆかりのことだろ?」
「そうじゃ。やはり感づいておったのだな」
「まあ、見たのはあの子が初めてじゃないしな。むしろ、またあらわれたことに驚いてるよ」
「とにかく、わしは村に残らなければならない故、もうあの子を見てやることが出来ぬ。リオデ、お主が代わりにあの子を見てやってはくれないか」
「もちろんだ、村長さんよ。言われなくても分かってるさ」
「ゆかりよ、ちょいと開けてはくれないか」
リーリエと部屋で休んでいると、ドア越しに村長さんの声が聞こえてきました。
「は、はい」
ドアを開けると、村長さんが一人ポツンと立っていました。
「ちょいと話があってな。わしについてきてくれないか」
「わ、分かりました」
村長さんについていくと、一階にある部屋に案内されました。
部屋のテーブルの上に何やら白いものが見えます。
よく見ると、白いワンピースが置いてありました。
「あの、この服は?」
「ふむ、その服には魔力が込められていてな。お主のように、別の世界から迷い込んできた魔力を持たぬ人間が着れば、いかにも身体に魔力が宿っているように見えるはずじゃ。それで、ほとんどの者の目はごまかせよう」
「へえ、この服、凄いですね─……え?」
私は村長さんを直視せずにはいられませんでした。
(私が別の世界から来たこと、村長さんには話してないよね…?)
なぜ気付かれたのか、私には分かりませんでした。
「あの、村長さん、なんで…」
「単純なことじゃよ。お主の身体から魔力が微塵も感じられないのじゃ。通常、この世界で産まれる人間はどんなに微小であろうと必ず、魔力を身体に宿している。それが無いのであれば、この世界の人間ではないと判断する他あるまい」
「……」
「恐らく今のまま町へ出れば、お主が魔力を持たぬ人間だということが勘づかれてしまうじゃろう。もしそうなれば、余計な面倒事が起こりかねぬ。ゆかりよ、これはお主の身を守ることでもあるんじゃ。分かっておくれ」
「……」
(村長さん、わざわざ私のこと、心配してくれてたんだ…)
「ゆかり?」
「あの、村長さん─ありがとうございます!」
精一杯の感謝を、村長さんに伝えました。
「いいんじゃ。わしは当たり前なことしただけでの。気にするでない。…あの子、リーリエを無事家まで送り届けられるよう、わしも祈っておるぞ」
「村長さん…」
「わしからの話はこれだけじゃ。邪魔したのう。さ、早くあの子の元に行ってやるのじゃ」
「はい…!」
ワンピースを両手で抱えながら村長さんの気遣いに感謝し、村長さんの元を後にしました。
そして次の日の朝─
「リーリエ、朝だよ。起きて起きて」
「ん……うにゃ?ゆかちゃん……?」
「ほら、村を出発してホロウスに行くんでしょ。起きて準備しなきゃ」
「ふわあ…」
無理やりリーリエを起こして支度を始めました。
貸してもらった寝巻きを脱いで、袖を通したのはもちろん、昨日村長さんから貰ったあのワンピースです。
「よしっ…と」
「行こう、ゆかちゃん」
「うん」
村長さんの家のドアを開けると、リオデが既に待っていました。
「来たか。ホロウスまでは遠い。早く行くぞ」
「はい」
返事をして歩き出そうというした時、
「おお、間に合ったようじゃな」
後ろから村長さんの声が聞こえました。
「あ、村長さん」
「気を付けて、行ってくるのじゃぞ」
「村長さん…ありがとうございます」
「行ってくるね、おじいちゃん」
まるで本物のおじいちゃんからの見送りを受けているようです。
かくして私たちはホロウスへ向かうため、村を後にしたのでした。